虎を追う
著:櫛木理宇
出版社:光文社
かつて栃木県警捜査一課に所属していた星野誠司は、三十年前、自分も関わった連続幼女殺人事件の犯人の一人が、喉頭癌で亡くなった事を新聞で知ります。
犯人逮捕時に違和感を感じていた誠司は、もう一人の犯人伊予純一の死刑が確定する前に真相を探るべく動き出します。
元刑事と大学生の孫とその友人が、過去の事件の真相を解き明かす物語です。
冒頭部分あらすじ
かつて刑事だった星野誠司は新聞で「北蓑辺郡連続幼女殺人事件」の犯人として逮捕された亀井戸腱が喉頭癌により死亡した事を知る。
事件の際、捜査資料をまとめるデスクを担当していた誠司は、犯人二人の特徴から冤罪ではないかとの疑念があった。
尋問を担当した二人の刑事はベテランで尋問にも問題は無かった。
当時最新のDNA鑑定を導入し、被害者の衣服に付いた唾液と亀井戸のDNAが一致した事も大きい。
しかし、マスコミの過熱報道による世間の期待で絶対に犯人を挙げるという気負いや焦りがあったのも事実だ。
それに、当時のDNA鑑定は未熟で完璧な物ではなかった。
一億人調べれば該当者は五十万人になるような物だったのだ。
更に二人の為人が誠司には気になっていた。
亀井戸は粗暴で短気、十代の頃から素行が悪く何度も警察の厄介になっている。
もう一人の伊予は亀井戸の舎弟的存在で、気が弱く自分の意見をはっきり言う事の出来ない性格だ。
被害者の二人の少女は酷い暴行を受けながら陵辱され殺害されている。
このようなケースは単独犯である場合が多い。
さらに、亀井戸と伊予は水道工事会社を解雇された後空き巣で生計を立てていた。
事件では身代金要求の電話があったが犯人は金を受け取りに現れなかった。
金目的で空き巣を行っていたにしては金銭に対する執着が希薄な事も誠司は気になっていた。
だが当時は誠司もまだ若手で、大ベテランの先輩刑事が挙げた犯人にケチをつける事は出来なかった。
彼らが本当に犯人ならいい、だが冤罪なら…。
このまま伊予が刑に処されれば自分はシコリを抱えたまま死ぬ事になる。
誠司は昔馴染みの記者、小野寺に何か方法は無いかと相談した。
引退した元刑事。今は民間人の誠司に出来る事は少ない。
小野寺は伊予の死刑を止めたいのなら現実的な方法として、死刑反対派の運動家、もしくは伊予の無罪を信じる人権派の弁護士に渡りをつける事の二つを提案した。
この二つ以外に非現実的な方法も小野寺は提示した。
世論を動かす。
ロス疑惑事件を例に上げ小野寺は誠司に説明する。
あの事件の事は誠司も良く覚えていた。
マスコミは連日事件の事を報道し、日本中が事件の行方を追った。
誠司は記者である小野寺に協力を申し込んだが現状では無理だと断られる。
一記者である小野寺が頑張っても何のムーブメントも起きていないのでは上が縦に首を振るはずが無い。
とにかく小さな動きでも作らねば。
誠司は孫の旭にインターネットについて尋ねた。
自分はよく分からないが旭はパソコンで色々やっている。
おじいちゃん子の旭は彼の話を聞き、再審請求をしている団体と弁護士に会う事を勧めた。
そして自分は映像制作に詳しい幼馴染、哲に協力を頼もうと動き出した。
感想
SNSを使った共感と情報の拡散、それによる世論の動き等とてもリアルに感じました。
旭のフォロワーの集め方はとても合理的で、実際に行ってもこういう事になるだろうという真実味に溢れています。
共感する者、売名行為だと反発する者、更には事件の被害者の写真を使い妄想を吐き出す者。
誠司たちがSNSに上げた情報で被害者遺族の身元は特定され、ネット上のみならず現実社会での嫌がらせ等にもつながっていきます。
読んでいてとても心地良かったのは、誠司の事件に対するスタンスです。
彼が事件の真実を求めるのは伊予の冤罪を晴らす為というよりは、自身が関わった捜査により無実の人間が殺されるかも知れない、それは嫌だという酷く個人的な想いからでした。
安易に正義を口にする人間より自分の気分が悪いからとハッキリいう誠司の方が信頼できる気がします。
まとめ
読み始めたら止まらず、結局一日で読み切ってしまいました。
物語の中には精神に関する様々な病が出てきます。
昔はそういう性格で済まされていた事も、理由がありこうだからこうと合理的な説明が為されています。
ホーンテッドキャンパスの時も感じましたが、一見理解不能な行動に見えても理由は必ずあるのだなと思いました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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