01
揚陸艇のエンジンが破壊され、海の上で移動がままならなくなった大佐は、船を放棄し泳いで島に戻る事にした。
兵もそれに続き島の東端に泳ぎ着いた。
島の上には移民船が飛行しながら、バステト達に北のビーチに集まるよう呼び掛けている。
現状では攻撃手段がない為、大佐は一度シェルターに戻る事に決め、兵を率い移動を始める。
街を経由し、シェルターにたどり着いた大佐が目にした物は、破壊され入る事の出来なくなったシェルターの入り口だった。
「駄目です!瓦礫に塞がれて入る事は出来そうにありません!」
「移民船を失ったら我々はどうすれば…。」
「大佐!」
「大佐!!」
兵たちは不安を払拭するためか、次々と大佐に問いかけて来る。
「港だ。揚陸艇は失ったが、ボートはまだある筈だ。港へ行くぞ!」
彼らは港を目指し、山を下った。
しかし、彼らが港で見た物は、破壊された埠頭と、バラバラにされたボートの残骸だった。
茫然としている彼らの上に、移民船が現れた。
移動中に合流したバステトを見張っていた者達が、船に向けて発砲する。
だが、船の放ったレーザーにより、兵たちの武器はことごとく潰された。
スクリーンが表示されピンクの髪の女が映し出される。
『シェルターは破壊しました。武器も首輪もない今、あなた達は自分たちで畑を作り生きていくしかないでしょう。バステト達に謝罪し、助けてもらうかどうかはあなた達の自由です。ではさようなら。』
大佐は目の前が真っ暗になるのを感じた。
兵が詰め寄り、彼に何か言っていたが大佐の耳にはその言葉は届いていなかった。
※※※※
バステト達を乗せた移民船は、ルク達がボートで移動した距離を一瞬で飛行し、施設のある草原に到着した。
草原に船を下ろし格納庫のハッチを開くと、バステト達はいっせいに飛び出す。
居住スペースにいたシェルターの住民たちも、バステトに続いて船から降りた。
ルクも船を待機モードに切り替え、タマに支えられて船を降りた。
ルク達を見つけたバルとルードが二人に近寄り声をかけて来る。
「さて、新天地に着いた訳だが、何から始めようか?」
「そうですね。食料と家の確保から始めましょう。移民船にはその為の資材もあるようですし、足りない部分は施設で賄えると思います。家が出来るまでは船で寝泊まりする事になると思いますが…。」
「ふむ、少し窮屈じゃが、薄暗いシェルターよりはマシじゃろう。」
バルの質問が終わると、ルードがルクに問いかけた。
「おいルク、タマが言ってた美味い物ってのはどこだ?」
「森にはうさぎや鹿が生息しています。ただ猪は危険なので、無理に取ろうとしない方がいいと思います。」
「ルクは一回殺されかけたもんな。」
タマが揶揄うように言う。
「タマさん、もう忘れて下さい。」
「へへっ、分かったよ。」
「猪か…。大物は後々のお楽しみだな。何人か連れてうさぎを狩ってくる。」
ルードはバステトを連れて、森に入っていった。
「では儂らは船から資材を降ろす事にするかな。チャコ!皆に声をかけて集まってもらってくれ!」
バルがそう呼びかけると、草原を走り回っていたチャコが、分かったと声を返す。
02
ルクは人々がそれぞれの作業を見つけ、動き出したのを見てタマに言った。
「タマさん私を施設に運んで下さい。体を治します。タマさんの腕も治療しないと…。」
「分かった。でも無くなった腕や足をどうにか出来んのか?」
「はい。パーツを変えれば元通りになります。」
「やっぱり便利だな。」
二人は施設に入り、まずはルクの体を治す事にした。
タマに服を脱がしてもらい、メンテナンスルームのベッドに横たわる。
「ひどくやられたな。」
「パーツ交換はすぐ済みます。治したらタマさんの腕を見ましょう。」
「……痛くするなよ。」
「……大丈夫です。」
「だから、なんで即答しないんだよ!!」
「フフッ、ちょっと懐かしいですね。」
「まあな。」
二人は顔を見合わせ笑いあった。
メンテナンスルームで、故障個所を割り出し、新しいパーツと交換する。
ルクは今後の事を考え、頭脳ユニット以外を戦闘用にしようとしたが、それは管理者により禁止されていた。
頭脳ユニット根幹に直接書き込まれた命令だったので、変更すればルクがルクではなくなってしまうかもしれない。
仕方なくルクは、以前のままのパーツを選び修復を完了した。
ベッドから起き上がったルクを見て、タマは満足そうに頷いた。
「綺麗になったな。よかった。」
「…綺麗。」
ルクはタマに褒められて、頬を赤らめた。
予め用意していた服に着替え、医療施設に移動する。
タマの腕を弾は貫通していたので、傷口を消毒し縫い合わせる事にした。
ルクは部分麻酔の注射を棚から取り出し、タマの腕に刺そうとした。
「ちょっと待て!なんでまたそれを出すんだ!?」
「これから傷口を縫い合わせるので、麻酔をしないともっと痛いですよ。」
「それを使ったら、痛くないのか?」
「はい、しびれた感じはしますが、痛くはないはずです。」
タマは少し悩んだようだったが、左腕をルクに差し出した。
依然と同じようにアルコールで消毒し、注射器を近づける。
「はーい、チクッとしますよ。」
採血の時と同じセリフを言って、ルクはタマの腕に針を突き立てた。
薬液を注入すると、タマはギニャッと声をあげた。
「あん時より痛いじゃないか!?」
「筋肉注射だからでしょうか?そういえば、データでも痛いとありましたね。」
「馬鹿!まぬけ!先に言え!!」
「まあまあ、すぐ痺れて痛くなくなりますよ。」
「……ホントかよ。」
ルクはタマの腕がしびれたのを確認して、患部を浄水で丁寧に洗い腕の傷を縫合した。
包帯を巻き、傷の治療は完了する。
「骨や太い血管を逸れていたのが幸いしました。次はベストでは無く、ジャケットとヘルメットにしましょう。」
「えー。今でもちょっと暑いんだぜ。俺はこれでいいよ。」
「駄目です。私はあなたがいないと活動して行ける気がしません。」
ルクはそう言ってタマを抱きしめた。
「分かった、分かった。どっか出掛ける時は着るようにするよ。」
「はい。」
ルクはタマを抱きしめたまま聞いた。
「船で言った事、覚えてますか?」
「どれだ?」
「私にお肉を食べさせてくれるって…。」
「あん時はルクが片腕だったからだろ。」
ルクはタマの肩を掴んで、少し体を放し彼の顔を見た。
唇を尖らして、不満そうな顔をする。
「じゃあ、もう一度腕を外してきます。」
「待て!…分かったよ。食べさせてやるよ。」
「えへへ、やった。」
ルクは満面の笑みを浮かべた。
03
冷凍した猪を持って外に出ると、草原では至る所で焚火が焚かれていた。
ルード達が、大きなうさぎを持ってルク達によってきた。
「おう、怪我は治ったんだな。アンドロイドってのは便利だな。タマも治療したのか?」
「ああ、ルクにやってもらった。」
「そうか。俺達はこの通り、うさぎ捕ってきたぜ。島より断然獲物が多い。食い物は何とかなりそうだ。」
ルードはそう言って笑顔を見せた。
チャコが寄って来て、タマの手を掴んだ。
「お兄ちゃん、お肉焼けてるよ!一緒に食べよ!」
「おい、チャコ引っ張るなよ。ルクすまん、ちょっと顔出してくる。」
「あっ、タマさん…。」
タマはチャコに手を引かれ、バステト達が焚火を囲んでいる所に連れて行かれた。
ルクは、一人簡易コンロを用意し、肉を焼いて食べた。
遠くでタマが笑い声を上げて、肉や木の実を食べている。
どうしてだろう。猪は美味しいはずなのに、ルクには味がしなかった。
肉をいれたボックスに座り、ボーっと空を眺めていると、目の前に肉の刺さったフォークが突き出された。
「ほら、約束だ。」
「タマさん……。」
「さっさと食えよ。冷めちまうぞ。」
「はい。」
ルクは差し出された肉を食べた。
それはとても美味しく感じたが、どこか切なくも感じた。
「タマさんは…、これからどうしたいですか?」
「どういう事だ?」
タマはルクの座っているボックスの横の地面に腰を下ろし、彼女を見上げた。
「タマさんと同じバステトも沢山いますし、彼らと一緒に暮らせば、やがて家族も出来るでしょう。」
「そうだなぁ。……でも俺はお前と一緒にいるよ。」
「……なぜですか?」
ルクはタマを見返し尋ねた。
「母ちゃんが死んで、一人ぼっちだった俺に、初めて出来た仲間はお前だ。他の誰でもない。…俺はお前と一緒にいたいんだ。」
「……タマさん。」
ルクはタマに抱き着いて泣いた。
「私も…一緒にいたいです。」
「泣き虫だな。ルクは。」
そう言ってタマはルクの頭を優しく撫でた。