自作小説

花旅ラジオ 第三話 「狩り」

投稿日:2019年4月21日 更新日:

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01

タマが施設を見て回りたいというので、彼の情報を登録し施設を自由に動き回れるようにした。
危険な場所についても説明したので、彼なら近づくことは無いだろう。

タマが施設を見ている間、ルクは海を渡るための移動手段を、施設で準備できるか探った。
管理者の端末から、施設の備品や製造可能項目に目を通していく。
端末の使用には十二桁のパスワードが必要だったが、それは予めルクのメモリーに記録されていた。

どうやら管理者がルクのために、設定してくれていたようだ。

ルクは製造項目の中に、電動モーター付きのゴムボートがあるのを見つけた。
これは軍隊に供給していた物のようで、カテゴリーは武器関連に分類されていた。

ルクは装備品の製造施設に移動し、作る物を入力していく。
製造施設には作る物を入力する端末等と、完成した物が排出される三つのベルトコンベヤーで構成されていた。

作り出す物によって、出て来るラインが違う。
乗り物などの大型の物は、入り口から最奥のコンベヤーから出て来るようだ。
運び出す際は施設に配置された大型のエレベーターで外に出す事が出来る。

ボートはスーツケース程の大きさの鞄の形にも出来るが、重量から海まで持っていくというのは難しいと考え、運ぶために四輪バギーと牽引用のトレーラーも生産する事にした。
ルクはこれらの電力を賄うため、携帯型の太陽光発電システムとタマ用の保存食も生産した。

この施設は一体何なのだろう。
ルクは五年間、自分が暮らしていた施設が何なのか急に気になった。
武器や移動手段等のあらゆる物が生産できる。

だが大量生産をしていたようでもない。
唯のアンドロイド生産施設では無いのか。

「ルク、何ボーっとしてんだ?」
「タマさん。いえ何でもありません。施設の見学はもういいのですか?」
「ああ、機械は触るの怖いし、緑もないし、生き物もいないから面白くない」
「そうですか」

緑も生き物も無いから面白くない。

ルクはタマに出会うまでの五年間、ずっとここにいた。
端末で情報を閲覧し、施設内を探索する。
そんな日々でもルクは充実していた。

しかし外には生命が溢れていた。
風を感じ、草や土の匂い、太陽の光、海の香り、星の輝きを見た。
知ってしまうと、この閉鎖された空間が空虚に思えた。

「そうですね。ここは面白くないかもしれません」
「だろ。さっさっと準備して島に行こうぜ」
「分かりました。しかしお母さまのお話の事もあります。タマさんの安全のため、何か武器を作ろうと思うのですが」
「武器?オレには爪も牙もある。それに武器なんて使ったことないぞ」

そう言ってタマは爪を出して見せた。
彼の母親にも爪はあったはずだ。
その母親が絶対に行くなときつく叱ったという事は、爪では対処できない何かがあると考えられる。

「タマさんは銃が欲しくないですか?鳥を捕まえるのに役立ちますよ」
「ルクが持ってる奴だろう。オレに使えるかなぁ?」
「とりあえず試してみましょう」

ルクは装備生産施設でタマの手をスキャンし、彼の手に合う小型のハンドガンを製作した。

同時に防弾性能を持ったベストも作る。
こちらは発電装置も兼ねており、光によって発電し、付属のホルスターで銃のエネルギーを回復できる。

施設の射撃場に赴き、タマに試射してもらった。

「丸い的の中心を狙って下さい。銃の横にある安全装置を解除して、銃の上部についている、凹凸が重なるようにして、引き金を引いてください」

「安全装置、これか。それから上の先っちょと手元にある奴、こいつを重ねて、んで人差し指のレバーを引くと」

タマはルクに教わった通りに的を狙い引き金を引いた。
不可視の弾丸が発射され、的の横を通り過ぎた。

「ルク、当たらねぇぞ」
「よく狙って下さい」
「狙ってるよ。大体右目で狙うのか、左目で狙うのかどっちだよ」
「両目で狙って、片目ずつ閉じてみて下さい。照準が変わらない方が利き目です」

タマは銃を持って、交互に目を閉じている。
その様子にルクは、彼の頭を撫でたい衝動にかられた。
自分の衝動が理解できず、ルクは戸惑った。

ルクの戸惑いを他所に、タマは引き金を引き、試射を続けた。

「当たるようになってきたぞ!」

確かに的には当たっているが、命中率はあまり良くない。
大分練習が必要なようだ。

 

02

「タマさんには別の武器が良いようですね。その銃は一応護身用として持っていて下さい」
「そうか?結構当たったぞ」

「でも中心に当てる腕がないと鳥は落とせませんし、大型の動物を倒すには、急所に当てないといけません。タマさんの腕では逆に動物を怒らすだけでしょう」

ルクの言葉にタマはムッとしたようだ。

「銃なんて初めて触ったんだから、しょうがないだろ!」
「はい、ですからそちらは練習を続けてもらうとして、接近戦用の武器を何か用意しましょう」
「だから俺には爪があるって言ってるだろ」
「念のためです。そうですね。爪の延長線上と考えてナイフとかはどうですか?」

「ナイフ?食器で戦うのか?」
「ナイフと言っても戦闘用の物です。超音波振動ナイフとかどうですか?」
「超音波?音波って音だろ?音で物が切れるのか?」

タマは腕を組み首を傾げ、音?と呟いている。
ルクはまた頭を撫でたくなったが、タマに説明する事でその衝動を抑えた。

「音で切る訳では無く、超音波で刃を細かく振動させて切れ味を増すのです。平たく言えばよく切れるナイフです」

「最初からそう言えよ。ナイフが大声を上げるとか、色々想像しちゃったじゃないか。んで、それがあれば例えば猪とかも獲れるのか?」

ルクは猪について、端末から取り込んだ情報を調べてみた。
大人の猪は体重七十キロを超え、時速四十五キロ程で走るようだ。
タマは体重三十キロいかないだろう。
ルクは突進してきた猪に、タマがはね飛ばされる光景を想像した。

「獲れるかもしれませんが、お勧めはしません。体格差があり過ぎます」
「何だよ、つまんねぇな。前からあいつを一度食ってみたかったのに」

「タマさんは猪を見た事があるのですか?」
「街にもいたぜ。母ちゃんには危ないから近づくなって言われてた」
「お母さまが正しいと思います」

ルクがそう言うと、タマは不満そうに鼻をならした。
なんだろうか、タマの仕草は一つ一つがルクの琴線にふれた。

「タマさん、頭を撫でていいですか?」
「なんでだよ!? やだよ! 頭を撫でられるのは嫌いなんだ」
「そんな事言わずに。後で顎の下も撫でますから」
「顎の下……分かった、ちょっとだけだぞ」

ルクはタマの頭をそっと撫でた。
想像していた以上に柔らかく、とても触り心地が良かった。
タマが思いのほか嫌がったので、すぐに顎の下に手を移した。
こちらはやはり気持ちいいようで、ゴロゴロと喉を鳴らした。

気が付けば五分程経っていた。
駄目だ。ルクは気持ちを切り替え、タマを撫でるのを止め、装備の製造にかかった。

「もう終わりか?顎の下なら撫でていいぞ」
「いえ、先に装備を作りましょう」

ルクは装備の生産施設に移動し、ナイフを製造した。
刃渡りニ十センチの特殊合金製のナイフで、鞘に納めると銃と同じように稼働エネルギーを充填できる。

「鞘から離れると、刃が振動するようになっています。刃には触れない様、注意してください」

タマは銃は左の脇下、ナイフは腰の後ろに配置した。
鞘から抜いて、二、三度振った。

「軽くて使いやすそうだ。でもそんなに良く切れるのか?」
「何かで試してみますか? ……いい時間ですし、狩りに行くのはどうでしょうか?」
「そうだな。ここの肉はあんまり美味くないしな。いくか?」
「はい」

 

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03

二人は施設を出て、近くの森を目指した。
ルクは獲物をしまうボックスや、血を洗い流す水も一応持ってきた。
水は地図によると小川が近くに有るので、そこを利用してもよさそうだ。

ルクはセンサーの範囲を広げ、森の中を探知する。
幾つか反応が返って来た。
大きな反応には近寄らず、小型の反応の一つに的を絞った。

「右前方に反応があります」
「分かった。俺に任せな。狩りの腕前を見せてやるよ」

タマはそう言うと、手近な木に駆け寄りスルスルと登り、あっという間に見えなくなった。
ルクはセンサーの反応を頼りに、その後を追った。

ルクが駆け付けた時には、タマは既にウサギの首を落としていた。

「ルク、これよく切れるな。一発で首が落とせたぞ」
「気に入りましたか?」
「ああ、狩りが楽になりそうだ。結構大きいから一羽で十分だな」

「そうですね。もう帰りますか?」
「いや、血抜きと内臓を処理していこう。あと肉を冷やしたい」
「冷やすのですか?」
「そうだ。早く冷やさないと肉が悪くなる」

「分かりました。近くに小川がある筈です。そこに行きましょう」

ルクは地図にある小川にタマを案内した。
地形に変動はなく、川には澄んだ水が流れていた。
川に冷やされたひんやりとした空気が漂い、木々の隙間から差し込む陽の光が、所々地面を照らしている。
この場所を堪能したくて、ルクはセンサーをオフにした。

「気持ちのいい場所ですね」
「そうだな」

タマはウサギを血抜きをして手際よく解体、流水で肉を冷やした。
水を丁寧にふき取り、ボックスにいれた。

「上手ですね」
「ずっとこうやって暮らしてきたんだ。上手くもなるよ」
「なるほど。そういえばタマさんが先行しすぎて、狩りの様子は見ることが出来ませんでした」

「そっか。じゃあまた今度だな」
「はい、是非見てみたいです」
「へへッ、さあ帰ろうぜ」

二人が帰ろうと腰を上げた時、茂みが揺れ、大きな猪が姿を見せた。

「まずい!ルク逃げるぞ!」

タマは素早く小川近くの木に登った。
ルクも後を追おうとしたが、木登りの経験のないルクはもたついている。

「何やってんだ!早く登れ!」
「タマさん。難しいです」

そうこうしている間に、猪はルクに標的を定めたようだ。
人には出せないスピードで突っ込んで来る。

「飛べ!!」

タマの声に反応して、咄嗟にルクは木から飛びのいた。
ダイブする形で地面に倒れ込む。
猪はそのまま木に頭から突っ込んだ。
ズシンと大きな音がした。樹上ではタマがワッワッ!と声を上げている。

ルクは頭を起こして、木の方を確認した。
思い切り激突したはずだ。さすがに無傷では済まないだろう。
だがルクの思惑は外れ、猪は体を回して倒れたルクの方を向いた。

半身を起こし銃を抜く。
しかし照準を合わせる暇を与えず、猪は駆け出した。
ルクは自分が猪にはね飛ばされ、バラバラにされる光景を想像した。

せっかくタマと出会って、いろんな物を見れると思っていたのに、これで終わりか。

こんな事なら、もっと早く施設を出ればよかった。
もっと色んな技術を学んでおけばよかった。
もっと、もっと、ルクの中に様々な想いが湧きあがった。

猪が目前に迫った時、黒い影が猪の横をすり抜けた。
樹々の間から漏れる光がその影と重なり、反射した光がルクの目を焼いた。
思わず目を閉じたルクの耳に、プギィという鳴き声と何かが滑っていく音が聞こえた。

 

04

「ルク、大丈夫か?」

ようやく視界が戻ると、そこにはナイフを手にしたタマが立っていた。

「タマさん?」
「まったく、鈍臭い奴だな。怪我はないか?」
「はい。……タマさん、怖かったです」

ルクはそう言ってタマに抱き着いた。
突然抱き着かれたタマは動揺したが、ルクの体が震えていたので、空いた手で頭を優しく撫でる。
暫くそうしていると、段々とルクの体の震えが収まってきた。

「木登りも練習しないとな。教えてやるよ」
「はい、お願いします」
「さて、こいつはどうするか。倒したのはいいが、運べないな」

タマの言葉で、腕を放しルクは後ろを振り返った。
そこには猪が首を割かれて倒れていた。
ルクは猪の牙を見て、タマに再度抱き着いた。

「もう死んでる。安心しろ」

そう言ってタマはルクの頭を撫でた。

「さてと、ルク、悪いが手伝ってもらうぞ。こいつを川まで運ぶんだ」
「本当にもう動きませんか?」
「もう動かないよ」
「分かりました」

ルクは立ち上がって猪を見た。確かに猪はピクリとも動かない。
ルクは切っていたセンサーを作動させた。
これからは、センサーだけは切らないようにしないと、そう思いながら猪に恐る恐る近づく。

「足を持ってくれ。川まで引っ張っていこう」
「はい」

タマと二人、猪を引きずり川の水に浸した。
首の傷から血が流れていく。

「ロープはあるか?」
「はい、持ってきています」
「んじゃ、足を縛ってそこの木に結び付けておこう。少し引き上げれば血も抜けるはずだ」
「はい。がんばります」

二人は川の上に張った太い枝にロープをかけ、首が下になるように引き上げた。
大半は水に浸かっているので、肉も冷えるはずだ。

「内臓は処理しておくな。しかしどうやって運ぼうか。小分けにしても何往復かしないと無理そうだ」
「バギーの製造が完了すればそれで運べると思うのですが」
「バギー?」

「悪路を走れる小型の車です。森にも入れますよ」
「いつできるんだ?」
「明日には完成します」
「んじゃ、続きは明日だな。今日はウサギを食べようぜ」
「はい」

「……猪、獲れましたね」
「ああ、どんな味なのか楽しみだ」

ルクは、タマの後に続き施設への道を歩いた。
猪は怖かったが、タマに頭を撫でられると、恐怖が薄らいでいったのが不思議だった。
また撫でて欲しいなとルクは思った。

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