ふしぎの国のバード 9 ハルタコミックス
作:佐々大河
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
実在したイギリス人女流旅行家、イザベラ・バードの旅の様子を描いた冒険旅行記、第9弾。
降り続く雨で川は氾濫し、バードが行く山道も土砂崩れで塞がれてしまいました。
診察の為、医師へボンのいる函館に急ぎたいバードでしたが、その土砂崩れで食料を失い陸の孤島となった山村に足止めされる事となり……。
登場人物
長老
山村の長
土砂崩れで怪我をした村人の治療に当たったバードに深く感謝し、村の備蓄で食事を振舞う。
キリスト教徒の青年
バードが青森県黒石町で出会った青年
戊辰戦争での仲間の非道な行い(死体を漁り金品を盗み、不死のジンクスだと敵の生き胆を喰う)により、アイデンティティが崩壊する。
その後、キリスト教徒の英学校の教師によって心を救われた。
チャールズ・ダーウィン
博物学者
進化論を書いた著名な博物学者。
黄色人種(モンゴロイド)と白人種(コーカソイド)の頭蓋骨の違いに着目し、アイヌは太古のコーカソイドではないかと主張した博物学者、シーボルトの説に興味を持ち、バードにアイヌの調査を打診する。
リチャード・ユースデン
函館駐在英国領事
眼鏡に口髭の小柄な男性。
バードに開拓使(ガバメント)の長官の証文を手渡す。
証文には開拓使が確保している各地の宿舎の使用等、あらゆる特権が使用可能な旨が記されていた。
あらすじ
青森への道中、土砂崩れで食料の大半を失ったバードは、その後辿り着いた碇ヶ関(いかりがせき)に閉じ込められる事となった。
林業で生計を立てるその村では、木材は財産。
バードは切り出した木材が激流と化した川に流され、それを確保しようと川に飛び込む村の人々の姿を目撃する。
傷付きながらも切り出した丸太を確保する村人達を見て、バードはその治療に当たる事にした。
村人の治療に一区切りついたバードに、村長が礼を述べる。
そんな村長に災害でお力落としのことでしょうと返したバードに、彼は首を振って笑みを浮かべた。
わしらは山の恵みで暮らしています。
山の怒りを嘆くなど、とんでもない事です。
村長の言葉と自らが治療した人々が笑っている姿を見て、バードは、以前、大火事で焼け出された人々の事を思い出した。
あの時も、誰もが平然と笑って、滅びを受け入れている様に感じられた。
そこからバードの思考は識字率の高さ、紙の生産量の多さへと移行し、豊かな自然がそれを生んでいる事に至った。
自然が強いから厄災も滅びも日常の中にある。
生活、文化、技術、世界観。
文明のあまねく万象が気候風土に起源を持っている。
興味深いわ。そう言ってバードは瞳を輝かせた。
感想
今回は青森への道中、土砂崩れで足止めされる事になった山村、碇ヶ関から始まり、黒石町で出会った英学校の生徒、津軽海峡とダーウィン、函館到着と領事と証文などが収録されました。
今回はその中でもキリスト教徒である、英学校の生徒のお話が印象に残りました。
彼は戊辰戦争に兵士として参加していました。
その戦争では倒した敵から金品を奪う事が許されていました。
彼も死体を漁り金を奪う事に慣れて行きました。
そんなある日、倒した敵の懐から一通の手紙を見つけます。
それは戦地にいる父親に当てた幼い娘からの手紙でした。
その手紙を死んだ敵兵士の手にそっと置いた彼の耳に、仲間の声が聞こえて来ます。
「こりゃあいい、まだ脈を打っておるぞ」
そう言って仲間が手にしていたのは、敵兵の生き胆でした。
彼が言うには敵の生き胆を喰えば、死なぬ力を得られるらしいというのです。
狂ってる。
そう感じた青年の前で、仲間は先程の手紙の兵士の腹も裂きました。
その瞬間、彼には全てが分からなくなりました。
その答えを求め英学校に入り、聖書に触れて、隣人を自分の様に愛せという教えに納得出来ない物を感じていました。
相手が人の心を失っても?
絶えず喜び祈り、全ての事に感謝しなさい。
感謝? この地獄に?
そんな彼に英学校の教師はそれでいいと告げます。
疑い悩み苦しむ中にあなただけの道がある。それを信仰と呼ぶ。
あなただけの神を求めなさい。
教師のそんな言葉で見失っていた道を彼は見つけた様でした。
平時であれば人を殺める事は重罪ですが、戦時では多く殺めた者は英雄となります。
そんな状況が続けば、誰かを殺す事も日常となり、死体を漁る事も許されるなら当然の事となる。
ただ、その死んだ誰かにも家族がいて……。
エピソードを読んでいて、戦争は今も昔も人を歪め苛むのだなと改めて感じました。
まとめ
この巻のラスト、旅の相棒である通訳のイトが、英国人プラントハンターのマリーズに連れ去られました。
契約を盾にイトは自分の通訳だと主張するマリーズ。
バードは冷酷なマリーズにどう対処するのか、次回も楽しみです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。