ふしぎの国のバード 3 ビームコミックス
作:佐々大河
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
実在のイギリス人女流旅行家、イザベラ・バードの旅の様子を描いた冒険旅行記、第3弾
第10話 会津道3
あらすじ
日光を出発したバード達は会津道を北上、美しい自然が溢れる一方、人々の暮らしは貧しく、その貧困ゆえの不衛生な生活は彼らの体を蝕んでいた。
バードは何か一つでも彼らの助けになる物をと、村で取れる獣脂と硫黄を使った軟膏の作り方を村人に伝える。
感謝のしるしとして、村の少年、タスケからお守りをもらい受けた。
険しく、過酷だった会津道の旅も終わりが近い。
会津道を馬で進むバードとイト。
道中の農村で馬が暴れ出し、二人は投げ出されてしまう。
イトに馬の凶暴さについて聞くと、庶民には乗馬の習慣はなく、調教もされておらず、去勢の風習もないとのことだった。
なるほどねと言いながら、散らばった荷物を集めるバードの背中に痛みが走り座り込む。
彼女は子供の頃から、脊椎に持病を持っている。
そのことをイトに話すと、今日泊まる大内宿が、過酷だった会津道の最後の宿場町になると伝えられた。
会津道も終わりが近いからあと少し頑張って下さい。
イトの言葉でバードは、あと僅かの行程で新潟に辿り着く、そうすれば肉だって食べれるだろうし、妹からの手紙も届いているはずと、気合を入れなおして立ち上がる。
勢いよく背筋をのばしたバードの背中に痛みが走る。
何やっているんですかと呆れるイト。
そんなバードにお怪我はありませんかと、手を差し出す人物がいた。
彼は馬子の甚兵衛、大川宿までバード達を運んでくれるよう雇った馬養だ。
彼の紳士的な態度に感心するバード。
休んでいてくださいというイトの勧めに従い、二人に荷物の回収を任せ、腰を下ろし休憩するバードの目に、木にぶら下げられた縄が目に入った。
何かと思い縄を引っ張るバードに、甚兵衛が説明する。
イトの翻訳では二日前に男がこの木にぶら下がったそうだ。
遊びか何かと問うバードに、イトが首つりだと説明する。
首つりと驚きながら、縄から放した手をイトの服で拭い、理由は何かと甚兵衛に尋ねる。
甚兵衛は家族を養っていけない事を、気に病んでと答えた。
そんな理由でと言うバードに、イトはこの国ではよくある事だとさらりと返した。
続けて甚兵衛は首を吊った男が、あの家の方を向いていたので、皆心配していると話した。
イトの説明では、自殺者が向いていた家で、次の首つりが出るという風習が信じられているようだ。
他にも、首つりを下ろすときは目が合わないように、背後から抱えて下ろすことが重要らしい。
目が合うと霊に取り憑かれるのだと甚兵衛は説明した。
馬への荷物の積み込みも終わり、出発前に井戸水で喉を潤そうとするバードに、イトがその井戸水は飲まないほうがと声をかける。
不思議に思うバードに、イトが三日前、女が身投げしたと伝える。
含んだ水を吹き出し、なんでそんなすぐ自殺をするのと声を上げるバード。
理由は年を取って醜くなったかららしい。
そんな理由でと驚くバードだったが、イトはよくある事とさらりと答えた。
準備も整い、馬に乗ろうとするバードの前に甚兵衛がしゃがみ込む。
肩を踏み台にして下さいという彼に、悪いとバードは断ろうとするが、これも仕事のうちと言う。
戸惑いながら肩に足を掛けたバードを担いで馬にのせ、にっこりと笑う甚兵衛に、紳士的だとさらに好感を持つのだった。
長閑な田園風景を望みながら、農作業や道具に関する質問をイトに重ねる。
イトは沈んだ表情を見せたバードに、ここまで未開な所があるとは、想像していなかったのではないかと声をかけ、続けて野卑で遅れた国だと軽蔑しているのではないかと問うた。
軽蔑はしていないとそれに返し、ただ不思議なだけと答えた。
彼女には、質素に勤勉に暮らしているのに、何故こんなにも貧しいのかが不思議で仕方なかった。
バードの様子を見て、甚兵衛がイトに何か話す。
イトはしばし躊躇した後、甚兵衛の言葉を伝えた。
十年前まではこの辺りも、もう少しましな暮らしをしていた。
戊辰戦争。
薩摩・長州率いる西軍が、会津を中心とした東軍を滅ぼした内戦だ。
内戦はこの地域に大きな爪痕を残した。
男たちは兵に取られ、生きて戻っても、負傷により働けなくなった者もいた。
家は焼かれ、作物は踏みにじられ、家財は分捕られ、女たちは連れ去られた。
官軍とか賊軍とか難しいことは分からないが、ただ御維新のおかげで、ここは今でも地獄です。
悲しい顔で甚兵衛はそう語った。
大内宿に着き、ご苦労様でしたと労いの言葉をかけて、甚兵衛はバードを馬から優しく下ろしてくれた。
夕陽の壮麗さにバードが感じ入っていると、甚兵衛が変わらない物があるのはありがたい、まあ景色で腹は膨れませんがと話した。
宿に着き荷物を確認していると、革のベルトが一本足りない。
イトを見ると、彼は甚兵衛と煙管をふかしながら何やら話していた。
イトがバードに気付き、ベルトの件を甚兵衛に通訳すると、心当たりがあると止める間もなく、宿を飛び出していった。
バードは彼の真面目な働き者っぷりに、感心しながら呆れてしまった。
バードは宿の説明をしてくれるイトに、先ほど甚兵衛と何を話していたのか尋ねる。
彼は甚兵衛に、ここが地獄なら何故逃げ出さないのか尋ねたらしい。
無神経な事をと言いながら、甚兵衛の答えが気になったバードは、なんと答えたのかイトに聞いた。
彼はイトに煙管の火を差し出しながらこう答えたそうだ。
「出て行く人の事も、首吊って死んじまう人の事も、気持ちは良く分かります。
ただ今ここが地獄だからこそ、働いて働いて、鎮守様に安全と豊作を願って、ひたすら真面目に働いて、
それで少しでも、村の子達が楽に暮らせるように出来たら、
それだけで、苦労する甲斐があると思いませんか?」
その後、甚兵衛はベルトを見つけ出し届けてくれた。
チップを渡そうとするバードに、正規の料金以上は頂けませんとチップを受け取らず、お気持ちだけありがたく頂戴しますと頭を下げた。
「すべての荷物を責任を持って届けるのが、自分の仕事ですから」
彼はそう言って笑みを浮かべ、馬と共に去って行った。
バードは美しい風景の中に、信じられない程の貧困があり、またその貧困のなかでも、勤勉で礼儀正しく、異国の者である自分にも分け隔てなく親切にしてくれる。
旅人である自分が、彼らの生活に立ち入り意見するべきではない。
ただ一つ言えるとすれば、この国は物語の中にあるおとぎの国ではない。
去り行く甚兵衛に手を振りながら、バードはそう思った。
今回の見どころ
・イトの甘味好きと料理の腕
津川についたバードは、イトに言われるがまま、菓子屋を巡ります。
いつもはクールに描かれるイトが、お菓子の事になると人が変わったようになるのが、読んでいて楽しいです。
また、土地の物を食べる事を信条にしているバードですが、日本の味付けに慣れることが出来ず、つい愚痴を言ってしまいます。
その際、イトが用意した料理はとても美しく、美味しそうでした。
イトの意外な一面が描かれたエピソードでした。
感想
道なき道を行くような会津道が終わりをつげ、バード達は川を下り新潟に辿り着きます。
甚兵衛は紳士的、さらにいぶし銀なプロという感じで、とてもカッコいいキャラクターでした。
今巻では、あらすじで書いた甚兵衛の他、イトのお菓子好きな面や、料理の腕前が披露されます。
また、川下りでは軟派な船頭の半次、イトの前の雇い主、プラントハンターのマリーズ、宣教師ファイソンの娘、ルース等が登場します。
この作品に登場する子供たちは皆、素直で可愛いですが、特にルースは健気で反則的な可愛さです。
宣教師である父が、誤った噂で人々から恐れられた時、父を怖がらないでと、唯一知っている日本語「わたしはるぅすです」を連呼する場面は、胸に迫るものがありました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。