ヴィンランド・サガ12 アフタヌーンKC
作:幸村誠
出版社:講談社
倒れたスヴェルケルの看病のため、彼の家にアルネイズがやってきた。
トルフィンたちも雑用をこなしながら、スヴェルケルの家で食事を取った。
その後、同じくスヴェルケルの家に居座る蛇の元に、部下のキツネが逃亡奴隷の情報を持ってくる。
その奴隷は主人のキャルラクと息子たちを皆殺しにし、家に火をかけたらしい。
蛇はキツネに見回りの人数を増やすように指示し、発見しても捕まえようとせず、応援を呼ぶようにと言い含める。
一方、クヌートは嵩む軍の維持費を確保するため、直轄領の増加を計画する。
そのために領民からの接収を進める事を決める。
生贄となったのは、ハロルド王の見舞いでイェリングを訪れていたケティルだった。
クヌートはオルマルに問題を起こさせ、それを理由にケティルの農場を接収する策略を進める。
オルマルは侮辱され、兄トールギルにハッパをかけられた事と、策を成すため放たれたコインによって、王の従士を殺してしまう。
その後トールギルは、クヌートの考えを見抜き、全面対決のためオルマルとケティルを連れ、レイフの船でイェリングを脱出した。
第83話 償い
あらすじ
逃げ出した奴隷はアルネイズの夫、ガルザルだった。
蛇の部下、トカゲを殺害したガルザルだったが、蛇に敗れ捕らえられた。
夫の変容に怯えながら、それでも見捨てる事の出来ないアルネイズは、彼を手当てするため、蛇たちの砦を訪れる。
蛇がケティルの妻に呼び出され出かけ、砦に入ることに成功したアルネイズは、ガルザルと話し、もう二度と彼女と息子のヒャルティそばを離れたりしないという彼の言葉に涙する。
見張りの一人が、そのやり取りを聞いてしらけたと場を離れたすきをついて、ガルザルが残っていた一人の喉笛を食いちぎる。
その後、アルネイズはガルザルの願いに従い、彼の縛めを解いた。
ケティルの家から戻った蛇が見たものは、殺された部下の死体だった。
殺されたのは四人、そのうち一人の剣が油で濡れていたことで、敵が傷を負ったことを知った蛇は、遠くに逃げてはいないと判断し、農場の探索を始めた。
眠れぬ夜を物置小屋で過ごしたエイナルは、同様に眠れなかったトルフィンにアルネイズについて話す。
戦争と奴隷制に彼女の幸せは奪われた。
なんにも悪くない人が苦しむのは間違っていると語るエイナルに、トルフィンはそれを言われるのは辛いと口にした。
ずっと戦争ばかりしてきた人間だからと言ったあと、彼は口が滑った、辛いなんて言う資格はないと続けた。
エイナルは、トルフィンが戦士だったことはアルネイズには伝えていないと話す。
それを聞き、トルフィンはエイナルにありがとうと返した。
彼は、アルネイズのような戦争の犠牲者に、自分が戦士だったことを知られるのを恐れていた。
トルフィンは、昔の自分がどうしてあんなに人を傷つけて、平気でいられたのかと話した。
エイナルは、トルフィンが戦士だったなんて想像もつかないと返し、この前話していたことは本気なのかと聞いた。
「世の中から戦争と奴隷をなくすことはできないか」って前に言ってただろとエイナルは続けた。
彼は戦争と奴隷、両方体験したお前なら、何かひらめきがあるのでは、どうすればいいとトルフィンに聞いた。
それを受けてトルフィンは語った。
自分の経験したことしか分からないが、戦争が奴隷を生む一番の原因なのは間違いない。
戦争が減れば、奴隷も減るだろうが、ノルドの男は戦争を悪いことだとは思っておらず、略奪遠征(ヴァイキング)は生活の中に組み込まれている。
当たり前になっている事を辞めさせることは難しい。
息をするなと言うのに等しいからだ。
でもとエイナルは言う。
トルフィンはノルド人だが、その当たり前を否定している。
人を傷つけるなという事が、そんなに変なことなのかと彼は問うた。
ノルド社会では、臆病者は嫌われ、仲間外れにされる。
トルフィンは自分はそれでもいいと、仕方ないと答えた。
彼は自分が殺めてしまった人たちに、夜ごと夢で責め苛まれていた。
彼らに償いをしなければ、安らかに眠れる場所に連れて行ってあげなければ、彼の魂が救われる事はないだろう。
もうこれ以上無理だ。これ以上ひとりだって背負えない。
苦悶の表情を浮かべるトルフィンに、エイナルは尋ねた。
他の戦士たちに、殺した者は見えないのか。
自分が殺した者の霊に苛まれることは無いのかと。
トルフィンは、人のことまでは分からないと話し、奴隷になってから死者を見るようになった。
戦士でいる間は見えないのかもと続けた。
そうかというエイナルに、彼らがオレを許してくれる術をずっと考えていると話した。
剣を捨てることは償いにはならなかった。
これ以上、殺戮や破壊をしないという事は償いではない。
今まで踏み荒らしてきた以上の麦を育て、今まで燃やしてきた以上の家を建て直し、そして
「今までオレが撒き散らしてきた死と破壊を、生と想像で少しでも補わなくちゃ…」
麦畑を照らす朝焼けを見ながらトルフィンは言う。
「世界から戦争をなくす方法は分からない。でもこの世にひとつぐらい、ほんの村ひとつくらいでもいいんだ。
剣を必要としない地を創りたい、そこに死者たちの霊を鎮めるための塚を築きたいんだ。」
エイナルはその地を守るためには、戦わなければならないのではと口にする。
トルフィンはでもそれじゃ駄目なんだと返す。
平和のために戦えば、殺し合いの地獄からは抜け出せない。
エイナルは、やはり夢みたいな話は夢のままか、地の果ての果てにでも行かないとヴァイキングでさえ来れないようなと朝日を眺めながら語った。
エイナルの言葉で、トルフィンは遠い昔、奴隷の娘と話したことを思い出す。
水平線の向こう、どんな権力も届かない、どんな奴隷商人も知らない水平線のずうっと向こうの地。
あるのかと問うエイナルに、トルフィンは幼い頃、レイフから聞いた話を語った。
ならそこに行けばと、笑顔を見せるエイナルに遠く、正確な場所も分からないことや、国を作るならたくさんの仲間が必要なことを告げた。
エイナルは消沈するが、それでもいい話がきけたとトルフィンに答えた。
二人が話を終えたころ、キツネたちが物置小屋を訪れ、小屋を調べ始めた。
トルフィンはガルザルが逃げたことを覚った。
感想
この巻では、トルフィンが目指す場所と、戦争によって奴隷となった人たちの姿が描かれます。
剣を捨て、奴隷の無い、そして争いの無い世界を目指す、トルフィンの目標がおぼろげに見える第12巻でした。
こちらの作品はコミックDAYSにて一部無料でお読み頂けます。
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