夏の魔術
著:田中芳樹
イラスト:ふくやまけいこ
講談社文庫
銀河英雄伝説を執筆した田中芳樹さんによるファンタジック・ホラーです。
シリーズとして続編も発表された作品の第一作目にあたります。
あらすじ1
大学生の能登耕平はバイトで稼いだ二十万円を資金として、当てのない一人旅を楽しんでいた。
列車での旅の途中、列車側の事情でいきなり山中の無人駅に降ろされた耕平は、そこで来夢と名乗る少女と出会う。
彼女は十二歳、年齢から言えば小学生だ。
彼女と一緒に列車を待つ間、耕平は昔のことを思い出していた。
彼の家は両親ともに医師で、大きな病院を経営している。
耕平も医師なるべく、公立大学の医学部を受験したのだが見事に失敗。
一年の浪人生活を経て、一般大学に入学した時、兄の良平から病院は俺が継ぐから、お前は好きなことをすればいいと言われる。
今までずっと出来の好い兄の事を、苦手に感じていた耕平は自分が兄を誤解していたことを恥じる。
しかし大学に通うため家を出てアパート暮らしを始めた耕平が、久しぶりに実家に帰ると、そこに待っていたのは弁護士と相続権を放棄する旨を書かれた書類だった。
親の持つ遺産を全て兄に奪われた耕平は、あの時の兄の優しい言葉はこれが目的だったのかと思い至った。
耕平は兄を恨む気も起きず、親の期待からも逃れ、貸し借りなしで本当に自由になった気がした。
耕平は自分の人生について考えるべく今回の当てない一人旅に出たのだ。
あらすじ2
無人駅のホームで列車を待っていると、同じく列車から降りた北本という老人と知り合った。
日本怪奇幻想文学館の理事長兼館長と書かれた名刺を差し出され、彼と話しているうちに来夢に話が振られた。
なんと彼女は家出してきたらしい。
北本が母親は早くに亡くなって、継母が意地悪するんで森に逃げ出してきたのかいと尋ねると、来夢はそうだよ、毎日リンゴを食べさせようとするんだと返した。
会話のキャッチボールを楽しんでいると、ホームに列車が入ってきた。
それは蒸気機関車だった。
耕平達以外の降ろされた客も様々なことを口にしながら列車に乗っていく。
しかし来夢は列車に乗りたくないと逃げ出してしまった。
来夢を追いかけた耕平は、彼女になぜ乗りたくないのか訳を聞いたが、とにかく嫌らしい。
山中に小学生の女の子を一人放り出すわけにもいかず、自分も一緒に行くよと来夢に伝えると、彼女は耕平兄ちゃんが一緒に来てくれるのなら、列車に乗ってもいいと言う。
耕平としてもそのほうが有難かったので、二人はホームに戻り列車に乗り込んだ。
あらすじ3
耕平たちを乗せた列車は走り続けていた。
とうに日は暮れ、辺りは夜の闇が覆っている。
耕平たちは、耕平が持っていたパンと北本が持参していたビールとジュースでささやかな夕食を終え、ハーモニカを吹いて時を過ごした。
列車は走り続けている。
一切駅にも止まらず、闇の中を走り続ける列車。
不安を感じる中、来夢が前に同じことがあったと語りだした。
直進を続ける列車がカーブを曲がるとき何かの彫像を六体見たというのだ。
詳しく話を聞くが、幼いころの記憶故はっきりしない。
そのうち、止まらない列車に不満を持った乗客の一人が騒ぎ出した。
耕平と北本はこんなところで、ヒステリーを起こしてもどうにもならないと、他の乗客たちと自己紹介を交わした。
彼らと話していると、来夢が言っていた通りにカーブに差し掛かり、何かの彫像が見えた。
耕平は彫像の数を数えたが、一体の彫像の頭部がライオンであることに気を取られ、数え損なってしまった。
車内では先ほど見た彫像の話を、それぞれが語っていた。
耕平がはっきり見たのは、ライオンの頭部のものだったが、他の者は牛の頭部や鳥の頭部の物を見たと言っていた。
止まらない列車の原因が、彫像の事を記憶していた来夢ではないかと、矛先が彼女に向きそうになった時、列車が急停止した。
まとめ
耕平と来夢は列車がたどり着いた先で、奇妙な洋館に足を踏み入れます。
奇怪な怪物に襲われながら、彼らは館の主と対決します。
初めて読んだときは、止まることなく一気に読み終えました。
邪教や魔術を題材していながら、停滞することなく読ませる技量は、流石の一言に尽きます。