二階の探索も順調に進んだ。
アンデッドが多いといっても、そのほとんどがゾンビやスケルトンでたまにグールが混じっている程度だ。
毒と麻痺にさえ注意すればそれ程脅威になる魔物はいない。
ゾンビの中には元冒険者とわかる者も混じっていた。
死んだ者がどういう理屈で動き出すのか諸説ありよく分かっていない。
ある研究ではゾンビの持つ毒が原因だとか、未練を残した死霊が取り付いているとか色々言われている。
禁忌とされる死霊術により使役されているという者もいる。
たぶんその全てだろうとガーラルは考えている。
まあ理由は何にせよ、今は目の前のくさった死体を斧で叩き切ることに集中すべきだ。
鎧を着たゾンビの首をはね飛ばし、一息入れる。
セレンとアルマはゾンビの放つ悪臭に辟易している。
「鼻が曲がりそうだわ」
「臭い。どうにかなんないの?」
「しょうがないよ。腐ってるんだもん」
二人にそう返しながらラグが鎧を着ていたゾンビを物色している。
「よく触れるわね」
「だって勿体ないじゃん。これなんかまだ使えそうだよ」
ラグがゾンビが身につけていた剣をアルマに見せている。
アルマはラグから距離を取り鼻をつまんでいた。
「ほら、刃こぼれもないし、洗って手入れすればいい値で売れそうだけどなぁ?」
彼はそう言いながら、背負っていたバックパックに剣をくくりつけた。
「ラグ、どうでもいいけど帰ったら風呂に行きなさいよ。その匂いじゃ宿に泊めて貰えないわ」
「分かってるよ。街育ちの女の子は綺麗好きだなぁ」
別にハーフリングが不潔という訳ではない。
だが冒険者を長年やっていると、倒した魔物を漁るという行為に慣れ感覚が麻痺してくるのだ。
モンスターの毛皮や牙、骨などは素材として様々ものに使われる。
生活の糧としてそれらは冒険者にとって重要な収入源になっていた。
ラグの行動は冒険者として別段おかしなものでは無かった。
元冒険者であってもゾンビはモンスターだ。
それに冒険者の生死は自己責任であるし身につけていた物は発見者に所有権がある。
ただ、腐った死体であるゾンビはその匂いとおぞましさから余り触りたいものではないが。
「あと一部屋みたら引き返そう。街で買った地図によると、部屋にはたまにゾンビが湧くらしい」
「えー、そんなとこに入るの?」
「カイン、臭いのはもういいわよ」
アルマとセレンが不満を漏らす。
「二人ともガマンしてくれよ。この部屋には魔法石を作り出す装置が設置されているらしいんだ」
「魔法石!?」
セレンとアルマ、二人の声が重なる。
魔法石は、魔力が結晶化した石で様々な用途に用いられる。
自身の魔力を肩代わりさせたり、魔具(遺跡から発掘されるマジックアイテムではなく、現在の技術でそれと似た物を作り出そうとした品)の燃料として用いられたりする。
装置はたまに見つかるが原理が解明されていないため動かす事は出来ず、所在を確認されているものを破壊すれば厳しく罰せられる。
まあそう簡単に壊せるものでもないのだが。
聞いた話では魔法使いの放つ爆炎の魔法でも傷一つ付かなかったというから、よっぽど高威力の魔法か、伝説に語られる魔法の武器でもない限り破壊する事は出来ないだろう。
大きさにもよるが今回の探索で見つかった物、全てを売り払っても魔法石一つには及ばない。
「それを手にいれたら今回の探索は終わりだ。どうだろうか?」
「儂は構わんぞ。ゾンビぐらいなら何とかなるじゃろう」
「僕も賛成。今回の上がりじゃお腹いっぱい食べられないし」
「臭いのは嫌だけど魔法石は欲しいわね」
「私も我慢する」
パーティの意見はまとまった。
「それじゃ、やろう」
カインが一行にそう告げる。
彼らはゾンビが出現した場所の近く、かつては研究が行われていたであろう部屋の扉の前に武器を構え集合した。
扉は大きく、カインとガーラルが武器を構え並んでもお釣りがくる。
このダンジョンの扉は特別な部屋以外は施錠されておらず、罠も仕掛けられていない。
壁と同じ色の白い扉の前に立ち、扉横のボタンを押すと音もなく扉が横にスライドした。
施設が稼働しているため、殆どの扉は魔力が供給されておりボタンを押すだけで扉は開く。
部屋は予想以上に広かった。
両脇にガラスで出来た円筒形の装置が並び、奥には部屋の正面に台座のような物があった。
台座には子供が遊ぶボールぐらいの大きさの魔法石が置かれている。
カインは素早くボタンを押しドアを閉めた。
「帰ろう」
彼がそう言うのも無理はない。
部屋には無数のゾンビがうごめき、中心にはオーガと思われる巨体のゾンビが立っていた。
「待て、儂に考えがある。聞いてくれるか?」
「ガーラルさん、さすがに無理ですよ。アルマも爆炎は使えるけど全部を倒すのは無理があります」
「分かっておる。セレン、ウッドバインドは使えるな」
「そりゃ使えるけど……すぐ解かれるわよ?」
ウッドバインドは植物の蔦を生やし敵を拘束する魔法だ。
足止めには有効だが、強度がそれほど無いため一時しのぎにしかならない。
「大丈夫じゃ、それより、蔦を部屋中に這わせることは可能か?」
「まだ魔力は残ってるから大丈夫だと思うけど……?」
「よし、後は風じゃ。蔦を這わせたら儂の合図で、蔦に沿うように風を作ってほしい。出来るか?」
「誰に言ってんの。エルフにとっちゃ木と風と水は友人よ。火は苦手だけど」
「ふむ、では行けそうじゃな。作戦はこうじゃ」
ガーラルは一行に考えを説明した。
「では、開けますよ」
「頼む」
カインの合図でドアが開かれ、すかさずセレンが小枝を部屋に投げ入れ精霊に願う。
セレンの願いに答えた精霊が部屋中にゾンビを巻き込んで蔦を張り巡らせた。
ガーラルがその蔦に触れ同じく精霊に呼び掛ける。
床に置かれたランタンの炎が大きく揺らめいて蔦は一瞬で炭化した。
「アルマ、セレン頼む!」
ガーラルの言葉でアルマは爆炎を放った。
炭になった蔦に炎が燃え移る。
セレンは蔦に沿って風が流れるように精霊に願いを伝えた。
彼女には笑い声を上げて、蔦の周りを躍る風の精霊の姿が見えていた。
風にあおられ、炭化した蔦が高温を発する。
二十秒程して蔦が真っ白に崩れるころには姿をとどめているのはオーガのゾンビ一体だけだった。
「あいつは残ったか」
「一匹なら二人でもいけるはず、ガーラルさん。やりましょう!」
「おう!」
二人は熱気の残る部屋に飛び込んだ。
オーガゾンビは表面は炭化してはいたがまだ動いていた。
オーガは元々人とは比べ物にならないほど強靭だ。
ゾンビになってもその特性が残っていたのだろう。
カインが踏み込み右脛に切りつける。
炭化した皮膚を切り裂くが剣は骨で止められたようだ。
「くそっ!硬い!」
咄嗟に退き、悪態をつく。
ガーラルもカインが斬った場所を狙い斧を振った。
骨を中程まで絶つが切断するまでには至らない。
「丈夫なやつじゃ」
ガーラルが右、カインが左に飛び、ゾンビの狙いを分散させた。
オーガゾンビが緩慢な動きで手を振り回す。
ガーラルは後ろに飛んでよけ、カインは盾でそれを受け止めた。
しかしカインはゾンビの予想外の力に踏み止まる事が出来ず、吹き飛ばされ壁に並んだ円筒に激突した。
「カイン!」
それを見てアルマが悲鳴を上げる。
カインは上半身を起こし治癒魔法を使っているが、効果が低いのかうめき声を上げていた。
咄嗟にラグがスリングでオーガゾンビの目を狙い撃った。
攻撃は命中し目が弾けるが、気にした様子もなくゾンビは倒れたカインにのろのろと近寄っていく。
「アルマ!エンチャントを!」
「はっ、はい!」
「ラグは援護を頼む!」
「分かった!」
ガーラルの声でアルマがエンチャント・ウェポンを唱えている間に、ガーラルはセレンに指示を出す。
「セレン!儂が足を切り飛ばしたら、奴にバインドをかけろ!」
「わかったわ!」
アルマの詠唱が完了しガーラルのバトルアックスが光を帯びた。
それを確認しガーラルはカインに向かっていたゾンビに駆け寄り、ラグがスリングでゾンビの頭を狙い注意を逸らした隙を狙って斧を振った。
「これでどうじゃ!!」
振るわれた光の刃はゾンビの足を切り飛ばした。
すかさずセレンが小枝を投げ精霊に語り掛ける。
体勢を崩し、しりもちをついたゾンビを蔦が覆っていく。
ガーラルは腰の雑嚢から小瓶を取り出し蓋をあけゾンビに振りかけた。
そして、精霊に願いを伝える。
土の精霊が小槌を振るいゾンビを中心に瞬く間に炉が築かれた。
ガーラルは炉の前で膝をつき、続けて精霊に呼び掛けた。
部屋の外のランタンの炎が再度揺らめきを見せる。
炉に隠れてよく見えないがガーラルは蔦を炭化させたようだ。
「火を入れる!セレン!風を炉に送り込め!」
「了解!!」
ガーラルが起こした小さな炎が種火となり、炉に火が入った。
セレンが風の精霊に願うと精霊は炉に風を送り込む。
炉の上部から炎が噴き出し部屋の温度を上げていく。
燃焼が終わり、炉が崩れるとそこには真っ白な灰しか残っていなかった。
我に返ったアルマがカインに駆け寄り座り込む。
「カイン!大丈夫!?」
「ああ…、なんとか」
カインはアルマに答えながら自身に再度治癒魔法をかける。
「ふう、だいぶ楽になった。もう大丈夫だ。アルマ、泣くなよ」
「だって…、死んじゃうかと思ったんだもん」
カインは涙ぐむアルマの頭を撫で、立ち上がりガーラルに声をかけた。
「ガーラルさん、ありがとうございます。助かりました」
「一時的とはいえパーティを組んだんじゃ。気にすることはない」
「しかし、すごい威力ですね」
カインが、灰になったゾンビを見てそう呟いた。
セレンとラグも遅れて三人に駆け寄った。
「咄嗟の思い付きじゃが、うまくいって良かったわい」
「この魔法があれば、もっと深くまで潜れるんじゃないですか?」
「無理じゃな、この魔法はセレンのような腕のいい精霊使いがおらんと成立せんからのう」
セレンが驚いたようにガーラルを見た。
その様子に訝し気にガーラルは口を開く。
「何をそんなに驚いておるんじゃ?」
「いや、意外と認めてくれてんだなって思って」
「お主とはもう一年以上の付き合いじゃ。認めてなければ一緒におる訳なかろう」
「そうなんだ…、えへへ」
セレンはガーラルが認めてくれていたと知り、にやけながらグネグネしている。
その様子を見てガーラルを含めパーティメンバーは少し引いていた。
いち早く気を取り直したラグが口を開く。
「それよりお宝を見ようよ!」
カインはアルマを立たせながら、それに頷いた。
「そうだな。ちらっと見ただけだが大分でかかったから売値も期待できそうだ」
カインの言葉で、一行は部屋の奥の台座に歩み寄った。
そこには赤紫に輝く両掌にのるほどの大きさの魔法石が置かれていた。
「聞いていた話よりずいぶんでかいな」
「どのぐらいって聞いてたの?」
「大きくても、クルミぐらいの大きさだって地図屋は言ってたな」
ラグの質問に答えながら、カインは剣を鞘に納め魔法石を手に取る。
「この大きさなら、山分けしても十分な収入になりそうだな」
そうカインが言ったのと同時に、部屋の脇に設置されていた全ての円筒がうなりを上げた。
うなりが静まると、円筒の内部に死んだ人間やモンスターが現れた。
「なんじゃ!?」
円筒の中で死体が光に包まれると台座の上に光が溢れ小指の爪ほどの魔法石が現れる。
驚いた一行が台座に注目していると、円筒のガラスが開き中の死体が歩み出てきた。
「逃げるぞ!!」
カインの声で全員が部屋の外に駆け出し、扉を閉めた。
「はぁはぁっ。……何だったの、あれ!?」
息の上がったセレンが疑問を口にする。
それに対して、ガーラルが推測を口にした。
「よくわからんが、死体から残存魔力を集め魔法石を作るのでないか?」
「それで、なんでゾンビができるのよ!?」
「魔力を集める過程の副作用かのう?」
ガーラルの推測にカインが口を挟んだ。
「じゃあゾンビは不要ですよね。なんで部屋にあふれていたんだろう?」
「たぶん死体を処分する装置が壊れておるんじゃろう」
「じゃあ、このでかい魔法石は、部屋にあふれていたゾンビから集められた魔力で出来てるわけですか?」
ガーラルはカインが手にした魔法石を見て、頷きながら答えた。
「しばらく、この部屋に入る者はいなかったんじゃなかろうか。それで部屋がゾンビで一杯になるまで装置が動いたんじゃろう」
「ゾンビを始末して、俺が石をとったからまた動き始めたってことですか?」
「おそらくな。所で流石に限界じゃ。話は戻ってからにせんか?」
「賛成。もうくたくたよ」
「そうね、私も魔法は打ち止めだわ」
「帰ろう!帰ろう!」
全員一致で帰還に賛成した。
「そうだな。とりあえず帰ろう」
カインの言葉に頷き、一行はダンジョンの出口を目指し歩き出した。
■◇■◇■◇■
何とか街に無事たどり着いた一行は井戸で汚れを落とした後、風呂に直行し染みついた臭いを落とした。
その後、街のダンジョン管理組合に行き、魔法石の鑑定や手に入れた品物の買取をしてもらう。
思った以上に魔法石は高値で売れ、ガーラルたちの懐は潤った。
組合には魔法装置のある部屋の事も報告した。
ゾンビを全滅させられるほどの高位の冒険者はわざわざ二階に足を踏み入れないし、二階で探索している冒険者は部屋いっぱいのゾンビを見れば戦うことはまずない。
欲をかけば返り討ちに合う。
ガーラルが倒した鎧を着たゾンビはそんな者の一人だったのかもしれない。
あの部屋は定期的に依頼を受けた高位パーティが掃除をすることになった。
酒場兼宿屋のテーブルで料理並んだテーブルを囲み、五人はグラスを持った。
「では、今回の冒険の成功を祝って、乾杯!」
「乾杯!!」
カインの号令でそれぞれが、好きな酒の入ったグラスを打ち合わせる。
ガーラルは火酒の入ったグラスを一気に飲み干した。
カインはエールのジョッキを半分ほど空け席についた。
その横にはアルマが座って、彼の顔を見て微笑んでいる。
ラグは酒より食べ物に夢中のようだ。
焼いた骨付き肉を両手に持ち、交互に口に運んでいた。
セレンは甲斐甲斐しくカインの世話を焼くアルマを見て、恐る恐る尋ねた。
「あの、カインがゾンビにやられた時から気になってたんだけど、二人はもしかして……?」
「ああ、セレンには言ってなかったな。俺達ある程度、金が溜まったら田舎に引っ込んで、一緒に暮らそうと思ってるんだ」
「それは、つまり…」
「二人は婚約者だよ」
セレンの質問に、肉を頬張りながらラグが答えた。
ラグの言葉で、アルマは真っ赤になって俯いている。
「あっ、あはは、そうなんだ」
乾いた笑いを上げなら、セレンは手にしたワインをぐいっと呷った。
ガーラルはため息を吐く、また悪い酒になりそうだ。
セレンは、二杯目のワインのグラスをはやばやと空けている。
「ガーラルぅ、あんた、いい男しらないぃ?紹介してよぉ、マッチョでぇ、彫りの深いハンサムが理想だけどぉ、この際マッチョなら誰でもいいからぁ。なんだったらドワーフでもいいわよぉ」
「そんな男は知らん」
絡んできたセレンにそう答えながら、火酒を口に含んだ。
慣れ親しんだはずの酒は、その日は驚くほど美味かった。