自作小説

花旅ラジオ 第二話 「バステト」

投稿日:2019年4月20日 更新日:

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01

施設に着いたタマは驚きの声を上げた。

「なんでこんなに明るいんだ!?上の光っているのは火が燃えてんのか!?」
「あれは電気で動いています。この施設は発電装置が稼働しているので、施設全体を明るくしても問題ありません」

「電気?電気って寒い時にバチッてなる奴だろう?あれで明るく出来んのか?」
「それは恐らく帯電による放電現象でしょう。体に電荷が蓄えられている時に起こる現象です」
「放電現象?電荷?ルクは難しい事知ってんな」

ルクは首を傾げた。
自分は知らない事も多いが、自身の体の構造や動き、その他諸々については予め知識があった。
言葉や文字についても、誰かに教わった訳ではない。
タマは母親に文字を教わったと言っていた。

生き物は基本的な情報も、学習によって習得するのだろうか。
効率が悪いような気もするが、アンドロイドのように、職種が予め決まっていない者は、そちらの方が様々な状況に対応できるのかもしれない。

ルクがそんな事を考えていると、タマが腹が減ったと言い出した。

「食事ですか?」
「そうだ。お前も言ってたじゃないか。食べないと死んじゃうって」
「そうですね。用意するのでついて来て下さい」

ルクはタマを食堂に案内した。
食堂にはテーブルとイスが並び、カウンター内には備蓄された資材を使い、食料を生成する機器が設置されている。
ルクはカウンターに入り、操作パネルをタッチした。

パネルには材料と料理名のカテゴリーが表示されている。
この機器は料理を作るだけでなく、素材や調味料を出す事も出来るようだ。
ルクはタマの好みが分からなかったため、設定を全てスタンダードにして肉を模した食事を準備した。
トレーに乗った湯気を立てるステーキを見て、タマは瞳を輝かせた。

「食っていいのか!?」
「勿論です。あなたのために用意したのですから」
「ほんじゃ、いただきます!」

タマはトレーに乗っていたフォークとナイフを器用に使い、切った肉を口に放り込んだ。
笑顔で咀嚼していたタマの顔が、段々と浮かないものになる。

「お口に合いませんでしたか?」
「なんて言うか、不味くはないんだけど、美味くもないっていうか…。なんか残念なんだよ」
「はぁ、なんか残念?」

首を傾げ不思議そうな顔をするルクに、タマが説明する。

「本物っぽいんだけど、偽物って感じがする」
「少し頂いていいですか?」
「ああ」

ルクはタマからフォークとナイフを借りて、肉を口に運んだ。
なんだろう、キャンプの時に食べた鳥とは明らかに違う。
肉の種類云々ではなく、塩や胡椒も利いているのだが、確実にキャンプで食べた肉の方が美味しかった。

「たしかに、なにか残念ですね」
「だろ。見た目は美味そうなんだけどな」
「でも、困りました。この施設では食事は食堂の機械で作る物しかないのです」
「しゃあねぇ。不味くもないから食べるよ。そんでルク、さっさっと体を調べてくれ」

そう言ってタマは微妙な顔で肉を頬張った。

 

02

食事を終えた後、職員用の医療施設でタマの体を調べる事にした。
医療施設には、カプセル型のベッドがいくつか並び、壁には医療器具を入れた棚や、滅菌庫などが並んでいる。
カプセル型のベッドは自動診断装置で、登録された人が入れば健康状態を自動でスキャンしてくれる。
人間なら施設の機械が自動でやってくれるが、タマが何者なのか分からない今は、オートメーションに頼るのは危険だろう。

ルクは医療施設の備え付け端末から、採血やDNA分析に関するマニュアルを取り込んだ。
タマは端末に付属している金属板に手を当て、微動だにしないルクを心配そうに見ていた。

十秒ほどでマニュアルや付随データの取り込みが終了する。
ルクは医療施設の棚を探り、噴霧式の消毒液で両手を洗って、滅菌庫の中から袋に入った手袋と注射器を取り出した。
タマはルクが取り出した注射器を見て、毛を逆立てた。

「ルク、お前それで何をするつもりだ!?」

警戒するように、背中を丸め足を延ばすタマに、ルクは無表情に言った。

「血を調べる為に採血が必要です。人間の幼児にも行っていた記録がありますから、死ぬ事は無いとおもうのですが」
「ホントか!? 採血って血をとるのか!? その針を刺すのか!?」

ルクは採血のデータを呼び出し確認した。
動画を確認する。
子供が大声で泣いていたり、大人でも顔をしかめる人がいたりした。
しかし、どの動画でも、極端に顔色が悪くなったりした者は確認できなかった。

ルクは処理能力の高い頭脳ユニットを組み込まれたため、データの閲覧は高速で出来る。
ただ体の能力は人と大差ないので、動きに反映させる事は出来ないが。

一瞬で閲覧を終え、タマに答える。

「少しチクッとするだけですよ。椅子に座って左腕を台の上に乗せて下さい」

動画の看護士と同じ笑顔で微笑みながら手袋をはめる。
ルクの笑顔に、少し不気味なものを感じつつ、タマは言われた通り左腕を台の上に乗せた。
腕にバンドを巻かれ、手を親指を中にいれて握るよう指示される。

ルクはタマの腕をスキャンし、太めの静脈の上をアルコールをつけた綿で拭いた。

「なんかスース―するぞ!これ大丈夫なのか!?」
「問題ありません。ただの消毒です。はーい、チクッとしますよ」

そう言ってタマの腕に注射器を突き立てた。

「ニ゛ャッ!!」

涙目で逃げようとするタマの肩を、ルクは押さえつけた。

「暴れると危ないです。すぐ済みますから、大人しくしてください」

張り付けた笑顔でそう言うルクに、タマは恐怖を感じた。
一分もかからず採血は終わり、ルクはタマの血を分析機にかけた。

「お疲れ様でした。結果はすぐ分かると思います」
「…嘘つき。すごく痛かったぞ」

腕に張られた血止めのガーゼをさすりながら、タマが上目づかいでルクに苦情を申し立てる。

「おかしいですね。データで一番多く映っていた人物を参考にしたのですが」
「よく分かんねぇけど誰かを真似したって事だよな。そいつ、下手クソだったんじゃないのか?」

言われてみれば、確かに彼女は一番多く映っていただけで、彼女に注射された人は大半の人が痛そうにしていた。
ルクは手順を確認するため、様々な角度から撮影された場面が多かった人物をピックアップしただけで、技術の事は二の次になっていた。

「なるほど、言われてみれば確かにそうです。ありがとうございます。タマさん。一つ勉強になりました」
「馬鹿! 間抜け! もう二度とお前に血は取らせないからな!」
「そんな事言わないで、次は上手い人を参考にしますから」
「知るか!」

プイッと横を向いたタマの顎の下を優しく撫でると、最初は我慢していたが耐え切れなくなったのか、目を細めて喉を鳴らした。
猫の動画データを閲覧すると、多くの動画で顎の下を撫でている動画が有ったので、それを参考にしてみたのだ。

 

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03

そんな事をしていると、分析が完了したことを機械が告げた。
ルクは名残惜しそうに自分を見るタマを置いて、分析機の結果を確認した。

結果、彼(タマはオスだった)は移民船が出発する前に作られた、猫をベースにした愛玩動物だったようだ。

端末で調べた資料によると遺伝子操作により人間と同等の知能を持ち、言語を理解し、食事も人と同じ物を取る事が出来る。

始めは幼児の遊び相手として作られたようだが、人と変わらないアイデンティティを持つため、動物愛護団体の反対運動により製造が禁止された。

しかし、すでに世界中に出回っていた事と、闇で取引する業者が存在したため、絶滅することなく生き延びたようだ。
彼はおそらくその末裔だろう。

分かった事をタマに伝える。

「ふうん。オレは人に作られた種族の子孫ってことか」

彼は特に気にした様子もなく話した。

「ショックでは無いのですか?」
「ショック? なんで? 先祖が何だったとしても、オレは母ちゃんから生まれたタマだ。別に大元なんてどうでもいいよ。それよりオレの仲間はどこにいるか分かったのか?」

「いいえ、あなたのルーツは判明しましたが、他のバステト、あなたの種族の呼び名です。彼らがどこにいるのかまでは分かりませんでした」
「そっか」

タマは少し残念そうに尻尾を揺らした。
ルクはタマに母親の事を詳しく訪ねてみる事にした。

「お母さまは何か言っていなかったのですか?」
「母ちゃん昔の事は殆ど話さなかったからなぁ。そういえば一回海の向こうについて聞いた時、めちゃめちゃ怒られた事があったな。絶対行っちゃいけないって言われた」

「海の向こう……」

ルクは医療施設の端末を使い地図を呼び出し、カルラギの海を渡った先の、過去の人口密集地を探した。
地図にはいくつか候補が表示された。
その一つに見覚えがあったルクは、自身のメモリーを検索する。

検索結果には、一瞬見ただけのICプレーヤーに表示されたラジオのタイトルが表示された。
旅花ラジオ、訪れた街はバステトの街として知られるラルーダ。

ルクは胸ポケットにしまっていたICプレーヤーを取り出し、イヤホンを耳につけた。
プレーヤーを再生する。

 

皆さんご機嫌いかがですか。
パーソナリティのダーリアです。
私は今、猫の街として有名なラルーダに来ています。

毎回、花を追いかけ旅をする花旅ラジオ。
今日はここリベリオ島のラルーダからお届けします。

人口約八万人のこの街には、ニ万匹ものバステトが暮らしています。
現在、人権問題に揺れるバステトですが、この街では人と同じように働き、家族として迎え入れられています。

下水道に大量発生した鼠に対処するため、昔から多くの猫が暮らしていたラルーダは、人々の猫に対する愛情が深く、バステトが売り出された時も、購入する人が多数いたようです。
今では独立し家庭を持って生活しているバステトも沢山いるんですよ。

 

ルクはイヤホンを外し、タマに情報を語った。

「タマさんがいた街の五十キロ程沖合にある島には、過去にバステトが沢山いたようです」
「その島が母ちゃんが、元居た場所かもしれないのか?」
「それは分かりません。もう何百年も経っていますし、お母さまも海の向こうには行くなといわれたのでしょう?」

「そうだな。でも母ちゃんの故郷なら見てみたい」
「分かりました。施設を探ってみます。移動方法が見つかるかもしれません」
「ありがとう、ルク」
「まだお礼は早いです。でもどういたしまして」

二人は顔を見合わせて笑った。

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