自作小説

花旅ラジオ 第一話 「Hello World」

投稿日:2019年4月19日 更新日:

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01

皆さんご機嫌いかがですか。
パーソナリティのダーリアです。
私は今、水の街として有名なカルラギに来ています。

毎回、花を追いかけ旅をする花旅ラジオ。
今日はここカルラギからお届けします。

人口五万人のこの街には、年間六十万人の観光客が訪れます。
中世に運搬のために格子状に運河が作られ、街の中心を流れるポト川から水を引いています。
現在も運河は街の人々の生活を支えています。

それでは私も、ゴンドラに乗って街を巡る旅に出たいと思います。

 

ルクはプレーヤーを止め、イヤホンを外し眼下のかつて街だった物を眺めた。
見た目は二十代前半の女性に見える。
ワイシャツにカーゴパンツ、背中にリュックサックを背負い、トレッキングシューズを履いている。
ポニーテールにまとめられた髪の色が、彼女が人間ではない事を現していた。

薄いピンク、桜色と言えばいいのか。
ルクはまだ桜を実際に見た事は無かったが、何時か自分の髪の色だというその花を、見てみたいと思っていた。

彼女が生まれたのは五年程前だ。
五年前に生まれたという表現が正しいのかは分からない。
何故なら彼女のパーツは、六百年前にはすでに存在していたからだ。

彼女は移民船で人類が飛び立った後の星で生まれた。
環境が悪化したことで、彼らは星を捨て新天地を目指したのだ。

六百年後のアンドロイド製造施設。
地下に作られたその施設はまだ稼働を続けており、星から逃げ出す前に管理者一人が仕掛けた思いつきで、彼女は生み出された。

生まれた当初、ルク(命名は管理者)は施設の中で暮らしていた。
管理者はルクに何か命じるようなプログラミングはせず、時間がくれば彼女を生み出すようセットしていただけだった。
施設にはルク以外に生き物やアンドロイドの姿は無く、彼女は一人だった。

たった一人、目的もなく生み出されたルクは、自分の置かれた状況を把握するため施設を探索した。
探索の結果分かった事は、この施設は管理者達が暮らすプライベート区画と、アンドロイドの生産と装備品の製造を行う区画に分かれており、この管理者達によって様々な職種のアンドロイドが作られていたようだった。

管理者達の部屋の一室を拠点にすることにした。
部屋にはベッドや机、椅子などが置かれ、机の上には端末が設置されていた。
バスルームやトイレもあり、窓を模したモニターには人々がくつろぐ公園の景色が映し出されている。

その後もルクは探索をつづけた。地熱を利用した発電設備のお蔭で、施設内は明るかったし、光があれば稼働のためのエネルギー生産は可能だった。

部屋で見つけた端末から取り込んだデータで、この星の状況を知った。
星には離れる事を嫌がった数万人だけが残り、シェルターで暮らしているらしい。
ルクは端末を使い、様々な情報を取り込んでいった。

ある日、施設の別の部屋の机を漁っていたルクは、ICプレーヤーを発見した。

画面を触るとプレーヤーが反応し記録された情報が表示される。
プレーヤーの中には膨大な量の音データが保存されていた。
ルクは知識としてしか知らないがスポーツの他、ニュース、音楽、コメディ、ドラマ、様々なものが記録されている。

少しノイズの乗ったそれは、ラジオと言われるものらしい。
付属されていたイヤホンでそれを聞きながら、ルクは施設を探索した。

その日もルクはラジオを、聞きながら施設を歩いた。
ランダムに再生される音、その日は旅をテーマにしたものが流れ出した。
パーソナリティの女性が語る景色を、端末から得た情報で補完する。

その場所はルクがいる施設から、目と鼻の先にある場所だった。
女性は景色を、豊富なボキャブラリーで表現していく。

彼女が語る場所を見てみたい。

ルクが施設を出ようと思った理由は、たったそれだけだった。
動き回るのに適した服を、施設を使って作り出す。
装備品項目には服や道具の生産ラインも存在し、可動も問題無いようだった。

武器まで作れたのには驚いたが、端末に残された未来予測では、悪化した環境に適応するため、動物がミュータント化する可能性も示唆されていたため、用心のためにハンドガンを製作した。
これは炸薬を使用するものではなく、ルクのエネルギーを流用できる物にした。

服と装備を身につけて、ルクは施設の外にでた。
巨大な防護扉が開くと、そこには青空が広がっていた。
初めて見る陽の光はまぶしく、目を眇めながら周りを見る。

防護扉の周りは草原で、風が吹くたび草が揺れた。
遠くには森が見える。
移民船が飛び立つ頃は荒廃していたはずだが、たった六百年で星は緑を取り戻していた。

「Hello World」

彼女のつぶやきは風に溶けた。

 

02

「端末の未来予測は外れたようですね。」

ルクは記録していた地図を、頭の中に呼び出した。
地図と照らし合わせ、地形を確認する。
大規模な変動などは起こっていないようだ。

ルクはパーソナリティのダーリアが話していた場所を見るべく、足を踏み出した。

草原を抜け、森を迂回しながら海沿いのその街を目指す。
一時間しないうちに、街を見下ろす丘の上にでた。
真ん中を大きな川が流れているのが確認できる。

見下ろした街は、建物は崩れ、森に飲み込まれようとしていた。
海は青く、陽光を反射してキラキラと輝いている。
港の桟橋付近は潮風の所為か、樹々の浸食を逃れ原形を残していた。
ルクは丘を下り、街に入った。

ダーリアの言った通り、街には運河が張り巡らされていた。
だが植物の浸食で、石畳は盛り上がり橋は崩れていた。
ルクは、運河に張り出した木々を伝い港を目指す事にした。

女性が言っていた海を間近で見たかったのだ。

街を移動していると、ルクのセンサーが動くものを探知した。
施設を出た時、余りに小さな虫にも反応したため、センサーの反応するサイズを犬以上に変更していた。
地図に反応場所を反映させる。

猫や犬でも人間にとっては脅威だ。
肉体的なポテンシャルでは人は動物にかなわない。
ルクは人ではないが、能力的には人間と同等だ。
狩りを知らないペットならまだしも、野生動物は恐ろしい。

戦闘用の素体で作ってくれればよかったのに、ルクはそう思いながら、腰のハンドガンに手を置き、街を移動した。
地図に表示された反応を示す赤い点は、一定距離を保ってルクを追っているようだ。

反応が一つという事は、ネコ科の生き物だろうか。
イヌ科の動物は群れて狩りをするはずだ。

街の入り口から港まであと半分という所で、赤い点が一気に近づいてきた。
ルクは咄嗟に銃を抜いたが、樹上から襲い掛かってきた影は、銃口を向けるより早く彼女を押し倒した。

予想したように、それは大型のネコ科の生き物のようだった。
しかしルクを押さえつけている前足は、肉球はあったが猫では無く人の物に近かった。
ルクを押さえつけたまま、その生き物は彼女に言った。

「ここはオレの縄張りだ。食べ物を寄越すなら、命は助けてやる。」

ルクはまじまじと生き物を観察した。
黒い毛皮に覆われた、人の子供ほどの大きさの黒猫の様な生き物が、金の瞳でこちらを睨んでいる。

データベースの中には、人の言葉を話す動物はいなかった。
鳥類等の一部が、人の言葉をまねる事はあっても、それはあくまで音を模しているにすぎず、言語を理解している訳では無かったはずだ。

「おい!聞いているのか!?食べ物だ!……食料、フード、肉、魚。」
「あなたは言葉を話せるのですか?」
「通じてるじゃないか!分かっているなら、さっさと食べ物を出せ!」
「すみません。持っていません。」

「ふざけるな!!お前、旅人だろう!?食料も持たず旅が出来るか!!」
「私は生物ではありません。アンドロイド、人を模して造られた機械です。食事でエネルギーを得る事も可能ですが、光があればエネルギーは生産できます。」

「…機械って何だ?」
「金属やその他の素材で、人間が作り出した道具です。」
「道具…。街に錆びて転がってる車って奴や、港にある船とかってのと一緒ってことか?」
「そのカテゴリー分けは不本意ですが、概ねその通りです。」

ルクは黒猫見えるように右腕を上げ、メンテナンスモードを起動した。
右腕の表面に亀裂が生じ、それを起点に中のパーツがあらわになる。
ギョッとしたようだが、ルクが機械だという事は分かったらしい。

黒猫のような生物は、とたんにションボリした様子でルクの上から下りた。
ルクはメンテナンスモードを解除し、上半身を起こして猫に問いかけた。

「食べ物が欲しいという事は、お腹が空いているのですか?食べ物を捕る事が出来ないのですか?」

猫は四つ足で立ち、尻尾を膨らませてルクを威嚇した。

「馬鹿にするな!地面にいる奴なら簡単に捕まえられる!!」
「地面にいる生き物なら?」

ルクは立ち上がり銃を腰に戻しながら、センサーを地上に限定して走らせた。
赤い点は目の前にいるこの猫だけで、他に反応は無かった。

「周辺にあなた以外の地上生物はいないようですね。」
「お前、分かるのか!?」
「はい、私はアンドロイドですから。」
「アンドロイド…、便利だな。」

ルクは感心した様子の猫に、更に事情を聞いてみることにした。

「あなたは食べる物もないのに、なぜここに留まっているのですか?」
「縄張りだって言ったろ。母ちゃんが死んでから、ここはオレが守ってるんだ。」
「しかし、食事を取らないと生命維持に支障が出るのでは?」

「難しい言い回しをするな!食わなきゃ死ぬって事ぐらいわかってんだよ!」
「では何故?」
「…母ちゃんと父ちゃんの墓がある。それに他の場所はよく知らない。」

猫はルクに向かって座り、少し悲しそうにそう答えた。
ルクは墓とは何か聞きたかったが、猫が悲しそうだったので質問するのは控えた。

ルクは生き物がいなくなった原因を探るため、センサーの範囲を広げた。
センサーによると、半径三キロ程の範囲で地上生物の反応が消えている。

さらに街を飲み込むように、地下に空洞があることが確認できた。
地下水脈の流れが変わった事で、空洞化したのかもしれない。

「生き物がいなくなったのは何時からですか?」
「えーっと、ここ三日ぐらいだな。」
「先ほど調べたのですが、街が沈む可能性があります。生き物はそれを感じ取ったのではないでしょうか?」

猫は胡散臭そうにルクを見た。

「あなたも不自然な揺れを、感じたのではないのですか?」
「確かに揺れは感じたが、この街じゃ、たまに建物が崩れて揺れる事はよくある。」
「今回の物は違います。私も早々に立ち去る事にします。あなたも一緒に来ませんか?」

ルクは生まれて初めて会った、意思の疎通が出来る生き物に興味を覚え、猫を誘う事にした。

「…本当に街が沈むのか?」
「はい、早ければ明日にでも。」

猫は考え込むように俯いた。
やがて顔を上げるとルクに向かって口を開いた。

「…一緒に…連れて行ってくれるのか?」
「はい、私はあなた以外に、言葉を話す生き物に会った事がありません。一緒に来てもらえると大変助かります。」
「…分かった。待ってろ用意してくる。」
「あっ!」

声をかける間もなく、猫はルクにそう言うと、樹上に姿を消した。
ルクは猫を待つ間に、やはり港を見てみることにした。
猫は街に入ったルクをすぐに見つけた。
移動しても問題ないだろう。

 

03

木々を伝い、港を目指して街を移動する。
港に辿り着き海を眺め、その大きさに目を見張った。
データや画像では知っていたが、目に入る空の青と水の青、そして潮の香り。
やはり自身の目で見て感じなければ、分からない事は多い。

港の桟橋で深呼吸していると、後ろから声がかかった。

「アンドロイドは車みたいに錆びたりしないのか?」
「シールドされているので大丈夫です。」
「待ってろって言ったのに、勝手に動くなよ。」

振り返ると、鞄を背中に背負った猫がそこにいた。
声に不機嫌な様子がうかがえる。
ルクは素直に謝る事にした。

「すみません。どうしても海を間近で見たかったのです。」
「海ねぇ。塩水の塊がそんなにいいものかねぇ?」
「分かりません。ですが、私は外の世界を自分の目で見たのは、今日が初めてです。これからも色々なものを見たいと思っています。あなたにもついて来て欲しいです。」

猫は少し驚いたように目を開いた。
海からの光を浴びて瞳孔が細長くなる。

「お前も生まれた場所から出た事が無かったのか?」
「はい、先ほど出たばかりです。」
「そうか。似た者同士だな。」
「はい、似た者同士です。」

へへっと猫は笑った。

「じゃあ行くか。街は沈むんだろ。」
「はい。ここに来る時通った、丘の上なら安全のはずです。」
「なら取り敢えずそこを目指そう。街が沈む所を見ておきたい。」
「分かりました。荷物はその鞄だけでよいのですか?」

猫は背中の鞄をチラッと見て、ああとルクに答えた。

「そういえばお前、名前は?」
「ルクです。」
「ルクか。歳は幾つだ?」

ルクは、パーツ自体は六百年前から存在していたのだが、それは年齢に換算してよいものか一瞬考えたが、ルクは稼働年数で考えることにした。

「製造日から五年程経過しています。」
「五歳か。その割にシャンとしてるな。」
「アンドロイドは、製造一日目から働けるよう作られています。」

「ふうん。オレはタマ。今年で七歳だ。」
「よろしくお願いします。タマさん。」
「おう、よろしくなルク。」

タマは髯をくゆらせ笑った。
そして尻尾をピンと立てて歩きだした。
ルクもその後に続いた。

街を抜ける間に、タマに色々尋ねてみた。
タマは一体何なのか?他に仲間はいるのか?人の姿を見た事があるのか?
タマは面倒臭そうにしながらも答えてくれた。

タマは物心ついた時には、母親と二人暮らしていたらしい、父親はタマが生まれてすぐ亡くなったそうだ。
仲間についてはよく知らないし、自分が何なのかもわからないと言った。
最後の質問、人については、街に訪れた旅人を見た事はあるが、遠目に見ただけだと話した。

「何故、私を襲ったのですか?」
「食べ物だよ。一人だったし旅人なら食べる物は持ってると思ったんだ。」
「当てが外れましたね。」
「うるせぇよ。あっ!鳥だ!空が飛べりゃあな。あいつを捕まえて食えるんだが…。」

ルクはセンサーを使い、鳥の姿を探した。
道の頭上に張り出した正面の木に、鳥が何羽か止まっている。

「一羽で足りますか?」
「まあな。でも捕る方法がない。」
「任せて下さい。」

ルクは腰のホルスターから銃を抜き、設定をスタンにして引き金を引いた。
銃から不可視のエネルギーが放たれ、鳥は硬直し地面に落ちた。
しばしタマは茫然としていたが、ルクが早くしないと逃げられますよと声をかけると、我に返ったように駆けだした。

タマは器用に爪を使い、鳥を絞め血抜きをして、内臓を抜いた。
こうした方が肉が美味いらしい。

「凄い物もってるな。」
「護身用です。襲われた時、タマさんを撃たなくてよかった。」
「そういえばあの時、お前それ持ってたな。……思い出すと怖えな。」

「安心して下さい。二度とあなたに向ける事はありません。」
「そう願うよ…。」

街を抜け丘の上に辿り着いた二人は、ルクの持ってきた装備で、キャンプの準備に取り掛かった。
テントを張り、落ちた枝を集め火を起こす。

驚いたことに、タマは綿の様な物と火打石を使い、あっという間に火を起こした。
そして先ほど取った鳥の羽をむしり、木に挿して焚火にかざした。

「生ではなく、焼いて食べるのですか?」
「母ちゃんが、生は虫が怖いから、出来るだけ焼いて食えって言ってたんだ。」
「猫という生き物は、熱い物が苦手とデータに有りましたが?」

「じゃあオレはその猫って奴じゃないんだろう。」
「確かに猫が人語を介するとは書いていませんでした。」

タマは鳥を焼いている間に、鞄から大きめの瓶と土が入った袋を取り出した。
地面を掘り、所々土の付いた瓶と袋を埋めて、その上に石を置いた。
ルクはタマに何をしているのか聞いた。

「なにか白い石のような物が入った瓶でしたが、それは何の意味があるのですか?」
「あの瓶は母ちゃんさ。袋の方は父ちゃん。街を見下ろすこの場所なら落ち着けると思ってな。ここに埋める事にした。」

「ご両親ですか?」
「そう、瓶の方は母ちゃんの骨だ。死んで腐っていくのを見たくなくて焼いたんだ。残った骨を瓶に入れて土に埋めた。ルクが街が沈むっていうから掘り出してきたんだ。父ちゃんは墓を掘ったけど土しか出てこなかった。しょうがねぇから土を袋に入れて持ってきたんだ。」

タマは石の前に座って、前足を合わせた。

「それは何を?」
「よく分かんねぇ。でも母ちゃんが父ちゃんの墓の前でこうしてた。」

死体を埋めた物が墓なのかと考えながら、ルクもタマに倣って手を合わせた。
データベースには、人間の習慣についての事は記載されていなかった。
これはタマたちの種族の独自の習慣だろうか?

「よし、鳥も焼けたようだし食うとしようぜ。」

タマは焼けた鳥の一部を墓の前に置いた。
よく分からないが、これも母親がやっていた事のようだ。

「ほれ。」

タマはむしった足をルクに突きつけた。

「私も頂けるのですか?」
「そもそもお前が捕った鳥だろ。」
「ですが私は特に食べなくても…。」
「いいから食えよ。遠慮すんな。」

ルクはしょうがなくキツネ色に焼けた鳥肉を受け取った。

「いただきます!」
「それは?」
「食べ物を食う時はそう言う決まりなんだと。」
「はぁ?決まりですか。では、いただきます?」

タマは熱いのはやはり苦手なのか、何度も息を吹きかけよく冷ましてから肉にかじり付いた。
ルクもタマをまねて、二、三度息を吹きかけ肉に口をつけた。
噛みしめると硬いが、肉の味が染み出した。
初めて口にした食べ物の味に、思わず声が出た。

「不思議です。初めて物を食べたのに、美味しいと感じます。」
「そうか。そりゃよかった。塩がありゃもっとうまいんだけどな。」
「猫は、味の濃い物を食べてはいけないとデータに有りましたが?」
「だから、オレはその猫ってんじゃねぇんだろ。」

ルクはタマがいったい何なのか気になった。
未来予測に出ていたミュータントだろうか?
施設に帰ったら調べてみよう。

食事も終え、焚火を処理しテントに潜り込む。
ルクは広げた寝袋の上に横になりながら、タマに尋ねた。

「タマさんは、何故言葉を使えるのですか?」
「言葉は母ちゃんが使っていたから自然に覚えた。文字も読めるぜ。」
「人間の文字ですか?」
「そうだと思う。持ってきたんだ。」

タマが鞄から取り出したノートを手に取り、開いて中を見る。
そこには、読みにくいものの、ルクの知る言語が炭を使って書かれていた。

「それは字を覚える時に、母ちゃんが書いてくれたんだ。」
「お話のようですね。」
「寝る時に読んで聞かせてくれた話だ。昔教わったって言ってた。」
「読んでみましょうか?…その昔、一人の旅人が……」

話を読んでいる間に、タマはルクの隣で丸くなって寝息をたてていた。
ルクはノートを閉じ、タマの丸まった背中をそっと触ってみた。
それはとても柔らかく、何時までも触っていたい手触りだった。

 

04

翌朝、かすかな揺れをセンサーが感知した。
ルクはタマを揺り起こし、テントの外に飛び出した。
昇ったばかりの太陽が、街を照らし出している。

街はゆっくりと海に飲まれ、青にその色を染めていった。
鳥が羽ばたき飛んでいく。
時間にして三十分ほどで、街は水の底に沈んだ。
今は崩壊を免れた建物が、僅かに顔を覗かせるだけだ。

街の様子を見て、タマはニャオーンと鳴いて涙を流した。
ルクはそんなタマの横に腰を下ろし、落ち着くまで街を一緒に見続けた。

「みっともないとこ見せちゃったな。」
「みっともない?何故ですか?街はあなたの故郷でしょう。その面影が消えれば、悲しいは当たり前ではないのですか?」
「……そうだな。当たり前だな。」

よし!と言ってタマは自分の両頬を前足で張った。
乾いた音はせず、ポフっという音がした。

「さて、これからどうする?」
「一度施設に戻ろうと思います。タマさんの体を施設で調べれば、あなたが何者か分かるかもしれません。もしかしたら仲間の場所も…。」
「仲間か。……調べるって、痛くないよな?」
「……大丈夫ですよ。」

「なんで即答しないんだよ!?」
「アンドロイドは痛みを感じないので。」

タマはルクを見上げ、眉根を寄せている。
無表情に見返すと、ため息をついて口をひらいた。

「ここにいても仕方ないしな。ついて行くよ、ルク。」
「本当ですか?とても嬉しいです。」

ルクはそう言ってタマを見た。
タマはその顔を見上げて、目を丸くした。

光を浴びて、光彩が細くなった金色の瞳には、青い空とルクの笑顔が映っていた。

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