ソファーに横たわったセレンが、ガーラルに話しかける。
「そういえばさ、さっき枝を貰ったドライアドが妙な事を言ってたのよね。」
「何じゃ?」
「家に子供がいるよって。動物でも住み着いているのかしら?」
「さて?そういう気配はお主の方が分かるじゃろう?」
「うーん。なんかいるような気はするんだけど、動物の声は聞こえないのよね。」
「ふむ、気にはなるが、子供なら何とかなるじゃろう。とりあえず寝ろ。」
「はーい。」
ガーラルが炭火を見ていると、セレンの寝息が聞こえてきた。
疲れが出たのだろう。暗いホールに炭のはぜる音が響く。
“ねぇ、もうお話はしないの?”
「もう起きたのか?もう少し寝ておけ。」
ガーラルはセレンに問いかけられたと思い、振り返りそう返事を返した。
セレンは目を閉じ、熟睡していた。
ガーラルは、斧を引き寄せランタンで辺りを照らした。
ホールに人の気配はない。
不意に視線を感じ、暖炉を照らすと男の肖像画がこちらを見下ろしていた。
男の口が動き、声を発する。
“さっきのお話、面白かった。ねぇもっと聞かせて。”
年老いた男の絵が、子供の様な高い声で話す様子は、不気味を通り越して滑稽に感じた。
「お主は何者だ?この屋敷に取りついている悪霊か?」
“悪霊?それなぁに?”
「話をすれば、悪さはせんか?」
“ぼくいい子だから、悪戯なんてしないよ。ねぇお話聞かせてよ。”
ガーラルはスヤスヤと寝息を立てているセレンを見た。
こちらは一人、下手に刺激して攻撃されても厄介だ。
「…わかった。話のう…。あれはまだ儂が若い頃。駆け出しだった頃のことじゃ。」
その頃、自身で作った武具を試すため諸国を放浪していたガーラルは、立ち寄った村で家畜を荒らす獣退治を依頼された。
獣は森を根城にしているらしく、村人が寝静まった深夜にしか現れないという。
見張りを立てているが、昼間の仕事もあり、村全体を見張るにはとても人が足りない。
「奴ら、手薄な場所を分かっているみたいで、もう羊が三頭も取られた。沢山は出せないが報酬も用意する。なんとか退治してもらえんかね?」
村長はそう言って、村に居合わせたガーラル他、数名の冒険者に頭を下げた。
鎧や斧の性能を知りたかったガーラルは、その依頼を受け、村の猟師の一人と共に森に向かった。
他の冒険者も村の猟師やレンジャーと組み森に入っていった。
猟師は彫りの深い、人間の基準で言えばハンサムな男だった。
ガーラルは猟師のアドバイスを受け、金気を消すため武器や鎧に泥を塗り、音を抑えるため鎧の装備も最小限に抑え、森の中を探索した。
足跡をたどり、獣の痕跡を探す。
「旦那、たぶんこいつらだ。狼です。一つ馬鹿でかい足跡がある。こいつが多分ボスだ。この大きさだと俺の弓じゃ倒しきれねぇ。止めは旦那にお願いしていいですか?」
「巣は分かるか?」
「足跡はたどれますが、気付かれずに近づくのは難しい。ポイントを絞って待ち伏せするしかねぇです。」
「獣についてはそちらが専門家だ。指示を頼む。」
森に穴を掘り潜んで二日ほど経った頃、猟師が異変に気付いた。
「泣き声が聞こえる。子供だ。」
「村の子か?」
「それは無ぇです。羊を三匹も取られて、皆、神経質になってます。今、村で森に近づく奴ぁいません。」
「だが誰かいるのは間違いない。声はどっちだ?」
ガーラルは穴を飛び出し、猟師が指差す方向に走った。
銀色の獣が、金髪の少女に牙を剥いて威嚇している。
少女は精霊に語り掛け、風の魔法を使った。
しかし、彼女の放った魔法は狼の鼻先をわずかに傷付けただけだった。
狼は猛り狂い、少女に躍りかかった。
ガーラルは少女を庇うように、間に体を滑りこませ、その牙を籠手で受け止めた。
同時に振りぬいた斧で、狼の首を刎ねる。
追いついた猟師が、ガーラルに声を掛けた。
「旦那!大丈夫ですかい!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。」
彼は振り返り少女を見た。頭を抱え小刻みに震えている。
猟師も寄って来て膝をついて少女を見る。
ガーラルは震える少女の頭を撫でた。
頭を上げ小さく悲鳴を上げた少女に、安心させるように語り掛ける。
「大丈夫か?安心しろ。ボスが死んだんで、他の奴らは逃げた。」
少女は、おずおずと顔を上げ、猟師を見上げた。
顔を上げた少女の耳を見て猟師が彼女に尋ねる。
「近くのエルフの村の子かい?」
少女はガクガクと首を上下に振った。
猟師は立ち上がり、ガーラルに耳打ちする。
「旦那、この子はどうやら近くの森のエルフの集落の子みてぇですね。俺らあの集落の連中とは折り合いが悪くて。悪ぃですが、この子を集落まで送ってもらえませんか?俺が行くより障りがねぇ。」
「他の狼はどうする?」
「ボスを仕留めりゃ、後は他の冒険者で何とかなるでしょう。地図を渡すんでお願いできませんか?」
座り込んだ少女を見て、ガーラルはやれやれとため息を吐いた。
ここに放っておくわけにもいかないだろう。
「分かった。おい、お前立てるか?」
ガーラルが少女に問いかけると、彼女は首を振った。
どうやら腰が抜けたようだ。
「しょうがないな。」
ガーラルは少女の頭を撫で、落ち着かせてから背中に背負い、猟師から手渡された地図を片手に集落を目指した。
途中で、彼女を探していたエルフに弓を向けられたが、少女が無事な事が分かり何とか事無きを得た。
少女をエルフに渡し猟師の下に戻る頃には、他の組が狼を全て狩っていた。
「儂はボスを倒した事で得た報酬と、探しに来たエルフから礼に貰った銀の短剣のお蔭で、しばらく路銀には苦労しなかったというわけじゃ。」
“おしまい?”
「この話はそれで終わりじゃ。」
“おじさんが助けた女の子って、横で寝てるお姉ちゃんじゃないの?”
「たぶんな。じゃがわざわざ夢を壊す事もなかろう。」
“ふーん…。おじさん、優しいんだね。”
「さぁもう夜が明ける。お話は終わりだ。」
“……決めた。ぼく、おじさん達についていくよ。”
「何を言っておる!?」
ガーラルは慌てて肖像画を見るが、男の顔は最初に見たものに戻っていた。
窓から朝日が差し込んでいる。雨はいつの間にか上がっていた。
光がセレンの顔を射し、彼女は顔をしかめ目を開けた。
「おはよう、ガーラル……。起こしてくれればよかったのに。」
「…よく寝ておったからな。儂は村に戻ってから寝る。」
「そう。ありがとう。……そのトカゲどうしたの?」
「トカゲ?」
いつの間にかガーラルの肩に、小さな赤いトカゲが乗っていた。
トカゲはガーラルと目が合うと、笑みを浮かべるように口を開いた。
「…まさかな。」
ガーラルはトカゲのしっぽを掴み、テーブルに置いた。
トカゲは抗議するようにシャーと鳴いた。
トカゲはガーラル達が出発の準備を整えるのを、じっと凝視いていた。
軽い朝食を済ませ、暖炉の灰を集め庭に埋める。
トカゲは、屋敷を出ようとするガーラルのマントをよじ登って肩に乗った。
捕まえようとするが、動きが素早く捕らえることが出来ない。
「えらく気に入られたわね。」
「お主、本当についてくるつもりか?」
ガーラルの問いかけにトカゲは頷くように頭を振った。
「わぁ、言葉が分かってるみたい。」
手を叩き無邪気にはしゃぐセレンを横目に、ガーラルはやれやれとため息を吐いた。
ガーラルのため息を無視するように、トカゲは赤い舌をチラチラと覗かせた。